『嘘つきは姫君のはじまり―見習い姫の災難』(松田志乃ぶ/コバルト文庫)

「細長い檜板一枚が、目の前に落ちていたとするわね。おまえには最初、それが何であるのか、わからない。二枚、三枚と見つかるうちに、それが扇の板骨であることがわかってくる。でも、二重数枚の内の三枚かそこらの板骨だけでは、扇の表面に描かれている物語がどんなものかを想像することは、難しい。――わたしのいいたいことがわかる、宮子?」
「ちっともわかりませんわ」
「つまり、扇の表面に描かれている物語絵、それがこの不可解な騒動の全体像なのよ」
(本書p167より)

 前作『嘘つきは姫君のはじまり―ひみつの乳姉妹』に続くシリーズ第2弾です。
 本作もやはり少女小説らしい平安ロマンスでありながらもミステリとしての読み応え十分なものに仕上がっています。冷泉院から出てこようとしない妃、怪騒ぎ、切断された手首などなど。そんないくつもの謎と伏線が一気に回収されていく後半の過程は、確かに複雑に過ぎるきらいはあるものの、なかなかに見事なものだといえるでしょう。謎に作り方にしても平安時代という背景とその時代の道具を上手に使っていますし、時代ものとしてもそつのない出来になっていると思います。
 にもかかわらず、ミステリとしての面白さに今ひとつ欠けているように思えるのも否めません。あとがきによれば、次巻は「謎少なめ・ロマンティック多め」な内容にしたいと思っております(本書p302より)とのことなので、作者としてはミステリよりはロマンスの方向を指向しているようではありますが、それでもあえてミステリ読み的な観点から苦言を呈しさせていただきますと、(軽めのネタバレにて伏字)前作もそうでしたが、謎を作る発端となった中心人物と直接対峙することがないからだと思います。確かに謎も絵解きもそれなりに鮮やかですが、でも、それは犯人には届いていません。つまり、一方通行のゲームになってしまっているのです。それによって生まれる寂寥感というものはあるにはありますが、ミステリとして食い足りないものになってしまっているのは否めないと思います。
 とはいえ、小粋な嘘と秘め事を重ねながらの平安ロマンスとして楽しいシリーズではありますので、続きが出るのを楽しみにしたいと思います。
【関連】
『嘘つきは姫君のはじまり―ひみつの乳姉妹』(松田志乃ぶ/コバルト文庫) - 三軒茶屋 別館
『嘘つきは姫君のはじまり―恋する後宮』(松田志乃ぶ/コバルト文庫) - 三軒茶屋 別館
『嘘つきは姫君のはじまり―姫盗賊と黄金の七人〈前編〉』(松田志乃ぶ/コバルト文庫) - 三軒茶屋 別館
『嘘つきは姫君のはじまり―姫盗賊と黄金の七人〈後編〉』(松田志乃ぶ/コバルト文庫』 - 三軒茶屋 別館
『嘘つきは姫君のはじまり―ふたりの東宮妃』(松田志乃ぶ/コバルト文庫』 - 三軒茶屋 別館
『嘘つきは姫君のはじまり―東宮の求婚』(松田志乃ぶ/コバルト文庫) - 三軒茶屋 別館
『嘘つきは姫君のはじまり―寵愛の終焉』(松田志乃ぶ/コバルト文庫) - 三軒茶屋 別館
『嘘つきは姫君のはじまり―少年たちの恋戦』(松田志乃ぶ/コバルト文庫) - 三軒茶屋 別館