伊坂幸太郎『モダンタイムス』講談社

モダンタイムス (Morning NOVELS)

モダンタイムス (Morning NOVELS)

「伊坂作品最長1200枚」との謳い文句ですが、それに恥じることのないボリュームでした。

あらすじ

検索から、監視が始まる。
「超」恐妻家の平凡なサラリーマン、渡辺拓海。職業はSE。
先輩・五反田正臣が投げ出した仕事のフォローのために、後輩・大石倉之助とともにとある「出会い系サイト」の作成業務を行なう。五反田の残したメッセージを調査するうちに、渡辺たちは大きな陰謀に巻き込まれていく・・・というお話です。

検索から、監視が始まる。

物語の舞台は現代から50年後の近未来。とはいうものの、同じように21世紀半ばの近未来が舞台の京極夏彦『ルー=ガルー』と異なり、人々の生活が大きく変わっているわけではありません。これは作者が意図的にそうしているのだそうです。

未来の話を書くとなると、子供の考えるような話しか思いつかなくて。車が空を飛んでるとか……。でも五十年後の未来は誰もわからないわけで、あんまり気にせずに考えていきました。
(中略)
そこで担当さんと相談していくうちに共通認識となったのは、五十年たっても、現在とはあんまり変わってない、まだそんなに変わってないはずだと。(講談社『IN POCKET』2008/9月号P16)

そのため、読者はこの作品を「現在の延長線」として「不気味の谷」なしに読むことができます。
作中で語られる「検索による監視」ですが、舞台となる50年後の世界では、「不明なことがあると、まず検索する」という「検索が当たり前」の時代となっています。検索による「世界」との連結により、自身の知識と世界の知識が地続きになっている世界。「検索」は「世界」へアクセスする行為。そしてこの「検索」が物語に深く関わってきます。
やや話はそれますが、検索をするときにキーワードを入れます。例えばgoogleで「三軒茶屋」と検索すると約600万件HITします。さらに「別館」と入力すると一気に9万件に絞られます。つまり、「三軒茶屋」よりも、「三軒茶屋 別館」の方が「その言葉の持つ情報量が多い」と言えます。
世の中には「ググってはいけないキーワード」もあるそうですが、この小説に書かれている「検索による監視」がけっこうリアルで、都市伝説さながら本当にありえるかもなぁ、と感じました。

漫画の技法

本作は週刊モーニングという漫画雑誌に掲載されました。作者も漫画の「引き」を意識しながら書いたと言っている通り、各話にクライマックスがあり、分厚い本ながら一気に読むことができます。
登場人物やストーリーも今までの伊坂作品と異なり若干派手でバイオレンスです。読者を飽きさせないための仕掛けがふんだんに盛り込まれている一方、今までの伊坂作品と同じく洒脱な会話や巧みな伏線、できすぎなぐらいのご都合主義も満載で、伊坂作品ファンもそうでない人も楽しめると思います。
舞台は『魔王』の世界から50年後。読了後には、この2作の関係がはっきりとわかりますし、「なぜ『魔王』の続編なのか」についての作者の意図も明確に感じ取れると思います。
ボリュームたっぷりの長編ですが、一気に読み終える娯楽大作です。伊坂作品が好きな方は読んで損はない一冊だと思います。
(以下、既読者向けへのおまけ)

モダンタイムスと「考える歯車」

本作はチャップリンの名作映画『モダンタイムス』と同名がつけられています。
資本主義社会のなかで人間が「歯車」となることを風刺した喜劇ですが、伊坂版『モダンタイムス』では情報社会において人間が大きな存在の中の「プログラムの一つ」になることを風刺しています。物語も、主人公たちが巨大な悪を倒してハッピーエンド、という爽快感はまったくないのですが、不思議と読む側にはモヤモヤが残りません。
それは、主人公・渡辺たちが選択した「自分たちの力で大きな物は変えられないが、目の前の小さなことを解決すること、その集合体で大きな物も変わるかもしれない」という考えによるものでした。
大きな機械の中では歯車の動きは僅かなものです。しかし全ての歯車が「自身の動きや役割、機械そのもの」を認識し理解したうえで動くことにより、大きな機械そのものの動きを変えることができるはずです。
大きな物語」が喪失し「小さな物語」に分割された現代、しかしながら、その「小さな物語」の積み重ね・集合により新たな「大きな物語」を生み出すことができる、邪推かもしれませんが、そういったメッセージを感じ取りました。
個人的には、セカイ系→サヴァイヴ系(決断主義)の流れの次に来る(あるいは既に来ている)、「外のセカイを認識しているムラ社会の集合体による十二階遊び」*1が垣間見えて非常に楽しめました。
伊坂幸太郎『魔王』講談社 - 三軒茶屋 別館

*1:文化系サークルものや『よつばと!』がその代表。この辺については現在ぼんやりとまとめていますので後日記事にします。