『イメージと読みの将棋観』(鈴木宏彦/日本将棋連盟)

イメージと読みの将棋観

イメージと読みの将棋観

 本書は、将棋専門雑誌『将棋世界』で連載されていた同名の企画から題材を厳選し、さらに新テーマを追加して、一冊の本としてまとめられたものです*1
 羽生善治谷川浩司渡辺明佐藤康光森内俊之藤井猛。現代の将棋界を代表する6人のトップ棋士が、与えられたテーマについてのそれぞれの読みや将棋観を披露してくれています。「トップ棋士の頭の中をのぞいてみたい」というのが本書の意図ですが、その一端を垣間見ることができる本として非常に興味深い内容になっています。
 類書としては、羽生善治佐藤康光森内俊之の3人の読みが記されている『読みの技法』(島朗・編著/河出書房新社)という本があります。『読みの技法』は対象棋士が『イメージと〜』の半分の3人なので、個々の読みの濃度という点では『読みの技法』の方が上です。反面、将棋観の多彩さ、読みの広さという点では、6人を対象としている『イメージと〜』の方が上です。この点は一長一短です。
 また、『読みの技法』では中盤戦の読みに重点が置かれていますが、『イメージ〜』では序盤(15題)、中盤(12題)、終盤(8題)の3編に分けられています。
 序盤編での出題は初手(!)から始まって基本的なものからマニアックなものまで検討されています。現代将棋は昔と違い、居飛車振り飛車の垣根を越えた「何でもあり」な状態に入りつつあります。そんなときだからこそ、「何でもあり」といってもこれはないだろう、あるいは、これは意外にある、といった序盤の可能性の確認は、私のようなヘボアマにとってはあり難いものです。また、駒がぶつかっていない段階での読みは、手が広すぎて「読み」と呼べるだけの具体性を持ち得ないことがままあります。そうした場合において指し手を決断するための根拠となっているものは何か? 言葉にすればイメージや将棋観ということになりますが、そうしたものを味読できるのも本書の売りです。
 終盤編では、大山−升田の棋譜や、さらには江戸時代の棋譜を題材とした難題の検討がなされています。互いの玉が見えている終盤の検討はまさに読みの世界です。現代将棋では序盤戦の占める比重がとても高いものになっています。なので、今と昔のトップ棋士が単純に対局すれば、最新定跡に通じている現代のトップ棋士が有利なのは当たり前のこととされています。しかしながら、ギリギリの終盤での読み合いになればそんなものは関係ありません。古典的な棋譜に6人のトップ棋士が挑むことによって、当時の棋士の読みの力、技術の高さというものを感得することができます。
 本書を通じて描かれているのは「読み」ですが、それがいったいどういったものなのかという抽象的にして本質的な議論については、『イメージと〜』でもそのものズバリ「読み」というテーマでそれぞれの棋士の考えが述べられています。加えて、『読みの技法』の巻末に収録されている羽生・佐藤・森内の座談会『「5×10の」宇宙』(司会・島朗)ではさらに詳しく「読み」というものについての議論がなされています。指し手や構想の方向を左右することになる「第一感」。その第一感が具体的に指される感覚的な確率や、そこから派生する読みの枝分かれ。知識や経験が読みに与える影響。枝葉末節よりも大切な「読みの幹」。

羽生 そもそも読みというものは、方向性が違っていれば、何百手読もうと意味がないのです。森内さんがいわれた「短く、正確に」はまさに読みの急所といえると思います。
(『読みの技法』p214より)

 抽象的な思考の模索から、「3手1組」といった盤上の手筋の重要性(参考:片上大輔『3手1組プロの技』)にまでたどり着くことができれば、きっと棋力の向上にもつながることでしょう。プロの読みをたゆたうように味わいながら、いつの間にやら将棋を理解することができたとしたら、これに勝る贅沢はそうそうないと思います。オススメです。

読みの技法 (最強将棋塾)

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3手1組プロの技 (マイコミ将棋BOOKS)

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【追記】
 好評につき2巻も発売されました。こちらも同じくオススメですよー。
イメージと読みの将棋観2

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【関連】『イメージと読みの将棋観』と『ハチワンダイバー』 - 三軒茶屋 別館

*1:なので、『将棋世界』には載ってたけど本書には載ってない、というものもいくつかあります。ご注意を。