『ナイチンゲールの沈黙』(海堂尊/宝島社文庫)

ナイチンゲールの沈黙(上) (宝島社文庫 C か 1-3 「このミス」大賞シリーズ)

ナイチンゲールの沈黙(上) (宝島社文庫 C か 1-3 「このミス」大賞シリーズ)

ナイチンゲールの沈黙(下) (宝島社文庫 C か 1-4 「このミス」大賞シリーズ)

ナイチンゲールの沈黙(下) (宝島社文庫 C か 1-4 「このミス」大賞シリーズ)

 前作『チーム・バチスタの栄光』に続く田口・白鳥シリーズの第2弾です。医療という社会的なテーマを扱いながら、シリーズものとして物語が広がりを見せていくことができる背景には、個性的なキャラクターとその掛け合いの楽しさというのがあります。つまり、キャラクター小説としての面白さがシリーズものとしての骨子となっているのです。それによって、お堅いテーマでありながら非常に取っ付き易くて読み易い小説に仕上がっています。
 また、大野病院事件に見られるように、医療行為の結果が現場の個人の責任として問われる流れと、本書がキャラクター小説としての一面を有していることの間に関連性を見出して読むこともできるでしょう(私個人としては、むしろこうした文脈を重視したいです)。
 今回舞台となっているのは小児科病棟です。病名は網膜芽種、つまり眼の癌ですが、前回とは異なり治療や手術そのものが直接事件と関わってくるわけではありません。殺人事件そのものも医療行為とは直接関係のない病院の外で発生します。なので、前作と比べると医療というテーマ性は少し後退しています。ただ、小児医療が直面している危機や、子関係を前提とした医療契約の難しさといった問題はきちんと描かれていますので、医療小説としての読み応えはそれなりにあります。
 殺人事件の犯人探しというミステリとしての筋立ても前作同様です。ただし、本作では容疑者が非常に限られていますので、ミステリ的な楽しみは正直かなり薄味です。その分、容疑者と白鳥たち捜査班との間で交わされるゲーム的な会話や駆け引きといった面白さはありますが、やはり前作と比べると弱いのは否めません。
 前作と異なる要素として、歌声による「共感覚(シネスセジア)」といったある種SF的な現象が扱われている点が挙げられます。当事者の心理を表現したり事件の真相を明らかにしたりと、この現象はストーリーにかなり深く関わっています。前作のようなリアル志向の医療小説を想像していたので、個人的には驚くと共に少々ガッカリはしました。ただ、下巻巻末の東えりかの解説でも触れられているように、作者が単に医療現場の現状を告発するだけでなくて、未来への希望をも描こうとしているのであれば、ある程度は納得です。それに、現代の科学を以ってしても人体の仕組みがすべて解明されているわけではないのですから、その象徴としてこうした現象が扱われていると理解することもできるでしょう。
 いずれにしましても、医療という難しいテーマをエンターテインメントとして読ませる手腕にはほとほと感心させられます。個人的には前作の方が色々と好みではありますが、それでも広くオススメできる作品であることは確かだと思います。
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