『薔薇の殺意』(ルース・レンデル/角川文庫)

薔薇の殺意 (1981年) (角川文庫)

薔薇の殺意 (1981年) (角川文庫)


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 「とこしえに幸あれかし、か」彼はそっとつぶやいた。「だが愛はバラの花なんかじゃない。おれは思うよ――愛は、暗くもつれあった森、無抵抗の首に巻きつき、強くひっぱられる紐じゃなかったかってね」
(本書p111より)

 本書は、レンデルのデビュー作にして、ウェクスフォード警部シリーズの第1作に当たります。レンデルの作品は角川文庫と創元推理文庫の2レーベルが中心になって刊行されている*1ので、古書店で探し集めるのに少々手間がかかるのが難点です(笑)。
 ウェクスフォード警部シリーズとノンシリーズものとで犯罪小説と心理サスペンスを書き分けるというのがレンデルのよく知られた作風ですが、これもまたよく知られているように、ウェクスフォード警部シリーズにしても犯人探しという謎解きをストーリーの軸にしつつも、やはり主眼となっているのは登場人物たちの心理の動きです。そのことは、シリーズ第1作である本書において如実に表れています。
 ウェクスフォード主任警部は52歳。既に初老を迎えたその年齢はシリーズものとしては実に致命的でして(笑)、レンデル自身も頭を痛めているところではあるのですが、本書はまだ1作目なので特に問題はありません。年はとっていますが頑固爺ということはまったくなくて、詩的な感性と豊富な知識に基づく柔軟な発想と広い視野とで事件の捜査をリードしていきます。そんなウェクスフォードと、ワトソン役にして実直な正確である部下のバーデンとの会話が本シリーズの読みどころのひとつです。
 本書で扱われる事件に派手さやけれん味は一切ありません。イングランドのとある田舎町で起きた主婦殺害事件。品行方正で知られる彼女ではありましたが、調べるうちに関係を持ったと思われるドゥーンという名の人物が浮かび上がってきます。ドゥーンとはいったい何者なのか? そして、死体発見現場にいたと思われるのに頑なに証言を拒み、ときには誤魔化そうとする人物たちの意図するところはいったい何なのか? 何を隠そうとしているのか? そして、何を恐れているのか? ちなみに、本書ではドゥーンがミナに送っていた本の引用(献辞)が散りばめられています。作中作とまでは言えませんが、そうした引用による仄めかしというのも本書の面白いところです。
 ウェクスフォードは堅実かつ紳士的な捜査手法をモットーとしているので、強権的な捜査はあまり行ないません。容疑者たちが怪しい言動をとっていても無理に問い詰めることもしません。あくまでも理詰めで追い詰めようとします。確かに紳士的ですが、決して甘くも優しくもありません。そのようにして事件関係者の言動をチェックして、おかしいところがあったら一気に追及する。派手なトリックがあるわけでもなければ華麗な推理があるわけでもないので、本格ミステリ的な意味でのミステリを想像して読まれてしまうとガッカリされちゃう可能性は大です。
 でも、面白いのです。いや、本書の真相自体は、これだけミステリが広く読まれている昨今だと別に珍しくもなければショッキングなものでもないでしょう。ですが、本書の場合にはウェクスフォードやバーデンといった視点を通じて語られる人間観察の鋭さ*2によって、些細とも思える心の機微が立派な物語になっています。また、口紅といった小道具などといった女性作家ならではの視点やこだわりがそれを支えています。さらには、当時の教育制度や宗教観。風潮などがさり気なく語られることで、当時の田舎町が持つべき雰囲気ができあがっています。だからこそ、この結末が生きているのだと思います。

*1:早川書房からポケミスで刊行されている作品もあります。

*2:著者の性格の悪さ(←褒めてます)が垣間見えるところでもありますが。