『あの扉を越えて』(飯田雪子/講談社X文庫)

あの扉を越えて (講談社X文庫ホワイトハート)

あの扉を越えて (講談社X文庫ホワイトハート)

 圧倒的な恋愛、というものよりも、圧倒的な友情に惹かれます。
 恋愛をするのもいいけれど、ぜひ、若いうちに、どっぷりと友情に浸かってほしいなぁ、というようなことを、いつも思います。
 とにかく好き好き、この人じゃなきゃダメ――っ! って気持ちは、何というか、異性相手だったら、大人になってからでも間に合うんだけど、『絶対に譲れない、同性との友情』というのは、大人になると形成しにくいのですよ。これがね、なかなかね。
 それは恋愛の愉しみとはまったく異質で、でもきらきらとした宝物で。
(本書あとがきp220より)

 ”百合”と呼ばれるジャンルがあったりなかったりします。一言で”百合”といっても内容は様々ですが、そうしたものが育まれている背景には、友情というものが宝物だからこそ、それを強調するがあまり物語的に表現が過剰になってしまい、その結果として”百合”という方向に進んでいくという側面があったりするんじゃないかなぁと思ったり思わなかったりしました。
 それはさておき、本書は1994年に刊行されたものの復刊本です。時代の変化に合わせて細かいところをちょくちょく変えて、さらには構成にも手を入れたそうですが、物語と文章はそのままとのことです。当ブログのお客様の層がどんなものなのか正直よく分からないのですが(笑)、ひょっとしたら懐かしく思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 あたし(水原亜衣)と小沢奈津。中学からの誰よりも大切な親友同士。だけど、高校生の夏になって、二人の仲は少しずつ変わり始めて……と、ざっくりいえばこんな感じのお話です。あたしと奈津。あたしにとっての奈津。奈津にとってのあたし。奈津にとっての奈津。そして、あたしにとってのあたし。二人の関係と想いが、遠野和樹という異質な存在が入り込むことによって迎える変化と試練。
 物語の重要な舞台に図書館があります。図書館というのは不思議な場所です。調べごとや勉強をするための知識の集積所である一方、たくさんの物語が置かれている感情の溜まり場でもあります。そんな知性と感情の出会う場所。勉強しなきゃいけないと思いつつ揺れ動く感情にも悩まされながら自分独自の価値観を見つけていく。そんな思春期まっただなかのあたしと奈津の心を象徴するものとしての図書館です。
 瑞々しくて繊細だけどスタンダードな青春物語として、主人公たちと近い若者の方は元より、もっと幅広い世代にオススメしたい安心の一冊です。