『密室の鎮魂歌』(岸田るり子/創元推理文庫)

密室の鎮魂歌(レクイエム) (創元推理文庫)

密室の鎮魂歌(レクイエム) (創元推理文庫)

 第14回鮎川哲也賞受賞作品です。
 『密室の鎮魂歌』というタイトルで創元推理文庫というレーベルから刊行されておまけに鮎川哲也賞受賞とくれば、密室ものとしてどのような挑戦がなされているのだろうと多少なりとも期待して読み始めるのは無理からぬところじゃないかと思います。オビにも「奇妙な絵と連続密室殺人」って書いてありますしね。
 ですが、初読時の感想として「これはないわ」と思ったのは正直に告白しておきます。いや、このトリックは普通、仮説として真っ先に挙げられるものの即座に否定されるのが定跡というものでしょう。それをまさか真打ちとして採用するとは! ある意味新しいですし意表を突かれました。図面を眺めて頭を悩ませていた私が馬鹿みたいです。ってか警察もちゃんと捜査しろよ(苦笑)。もっとも、言われてみればこのトリックを真相として採用しちゃ駄目という決まりがあるわけでもないので、そういう意味でじわじわと面白みを感じてきたのは確かです。でも、それならそれでもう少しネタとして練りこんで欲しかったです。
 結局、本書の肝は密室トリックではないのです。若泉麻美を中心とした、彼女の高校生時代と大学時代の仲間。表と裏がありまくりの愛憎劇。嫉妬とエゴ。虚栄と欺瞞。そうしたもので結ばれた人間関係の何と美しいことか(笑)。こんな風に書くとさも濃密な関係が描かれているのかと思われてしまうかもしれませんが、全然そんなことはありません。浅くて薄くて軽いものです。いくら学生時代の思い出があったとしても、いったい何が楽しくて彼女たちは付き合いを続けているのかさっぱり分かりません。でも、この程度の距離感がリアルなドロドロ感というものではないのかとも思います。解説でも触れられていますが、特に麻美視点からの美大出身者としての地位の差や収入面での生活の格差などについての劣等感が三人称記述として字の文でストレートにつづられているのはやはり印象的です。
 そんな人間関係の裏事情・真相が、一枚の絵『汝、レクイエムを聴け』(正確にはその絵の一部として描かれていた図柄)をキッカケとして明らかになっていきます。ここのロジックはちょっと面白いと思いましたし、また、そこで明らかになった真相も一応のカタルシスがあるものです。もっとも、嫌な奴はやっぱり嫌な奴だった的な後ろ向きな爽快感なので意識しちゃうと鬱な気持になっちゃいます。基本的に、本書には嫌なことがガジェットとしてたくさん詰め込まれているので、読んでてあまり楽しい気分にはなれません。だからこそ、ともすれば無粋なものとなりかねない”絵解き”という行為が有意義なものとして読者には感得できるのではないか、と思ったり思わなかったりしました。