『征服娘。』(神楽坂淳/集英社SD文庫)

征服娘。 (スーパーダッシュ文庫)

征服娘。 (スーパーダッシュ文庫)

 貴族として生まれ何不自由なく暮らしていくことができるはずの13歳の少女マリアが、「女は何も手にできない」社会に戦いを挑むお話です。
 萌えキャラが優勢を誇る今のライトノベル界にあって、本書は珍しく(?)社会派的なテーマを前面に押し出した物語で勝負しています。著者・神楽坂淳のデビュー作は『大正野球娘。』ですが、それも女が男を相手に野球の試合で勝つことを描いた物語でしたから、「女性の権利」というものがこだわりのテーマなのかもしれませんね(タイトルに「娘。」を付けるのがホントのこだわりかもしれませんが・笑)。
 女性解放運動というのを考えますと、普通は女性の政治参加から始まって法律面から男女差別をなくしていく方向で社会を変えていく、というのが常道でしょう。ところが、本書の場合はそうではありません。主人公のマリアは貴族としての財力を最大限に利用することで独自の経済力を確保することを第一に考えます。そこから権力を操り政治を動かすことを考えています。政治と経済と権力。権力の本質は暴力である、といった初学者向けの政治学の本に書いてあるような事柄から物語が始まるのは微笑ましくはありますが、基本的なことはしっかり押さえてあるということの表れでもあります。政略は単純ですし経済的な薀蓄もそれほど難しいものではありません。ただ、根っ子がしっかりしていますし、その中で「たいそれた野望」(←決して誇張ではないでしょう)を実現させようとする少女の物語は、読んでて普通以上に面白いです。
 テーマ先行型の物語だけにキャラクタの個性は弱いかもしれませんが、それを補っているのがイラストです。ラノベといえばイラストがつきものですが、こういう使われ方が正道じゃないかと思ったり思わなかったりです。また、今時のラノベにつきものな(?)微エロ要素も本書にはちゃっかり用意されているのですが、そうした描写は女性の地位向上のための戦いという本書のテーマとの相性が奇しくも抜群です。女性解放運動家が陥りやすい罠として自らの女性性を捨て去ることで男性と対等になってしまうという展開がありがちです。そうなっちゃうと女性を主人公としたことが無意味になってしまいますし、物語的にも貧弱なものになってしまいます。つまり女であることを忘れずに男社会と戦って欲しいわけで、それにはセクハラ描写がとても効果的だといえるでしょう。単なる読者サービスではないわけです。そこもまた面白いです。
 主人公は13歳の少女です。挑むべきは男性社会という壁だけではありません。自身が大人として成長していく過程としての大人対子供というパターナリズムな戦いもあります。また、男が持っている社会的な既得権益の奪取を実現するためには貴族制という身分社会の崩壊をも意味することになる公算が高いです。それでも彼女はなお戦い続けることができるのでしょうか。一人の少女の成長と社会の変革の物語として、今後も注目していきたい作品です。
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