『ウェディング・ドレス』(黒田研二/講談社文庫)

ウェディング・ドレス (講談社文庫)

ウェディング・ドレス (講談社文庫)

 2000年6月に第16回メフィスト賞受賞作として講談社ノベルスから刊行されたものが文庫化されたのが本書です。文庫化まで7年と8ヶ月。メフィスト賞の文庫化ペースはよく分かりません(笑)。
 恋愛こそ最大のミステリーである、などといわれることがあります。男女の間で愛を語り合っているときにも、その二人が同じ幻想を共有しているとは限りません。だからといって、それを確かめる物証や証言といったものは何もありはしません。自分の心理と相手の言動によってしか真実を見つけることはできません。その意味では確かにミステリーかもしれませんが、客観的な証拠に基づいた推理をモットーとするミステリとは根本的に楽しみ方が違うように思ったり思わなかったりです(笑)。
 それはともかく、本書は女性である”私”(松井祥子)と、男性である”僕”という二つの一人称によって交互に語られます。結婚を誓い合う男女。めでたく結婚式となるはずのところで起きた悲劇。そこから、二人の歯車は狂い始めます。が、狂い始めるのはそれだけではありません。二人の語りのそこかしこに齟齬が生じ始めます。恋愛小説の場合、恋愛もしくは結婚という男女に共通するテーマを通じて考え方の相違点を浮かび上がらせるのが楽しみ方のひとつです。ところが本書の場合、そもそも同じものを見ているのかどうかが疑問となって読者に襲い掛かります。これはいったい何なんだ???
 まあ、ぶっちゃけあからさまに叙述トリックものなんですけどね(笑)。ですから、ちゃんとしたあらすじとかを説明しちゃうと即ネタばれコードに抵触してしまうので詳細については一切語れません。複雑ながらも巧妙な技が用いられていまして正直分かりにくくはありますが、最後できちんと説明されますし、理屈としては筋の通った真相が用意されているので腑に落ちないということはありません。冒頭で”平行世界”というSFじみた単語が出てきて、そしたらホントに平行世界をさまよっているような気分になってしまうのですが、しかし最後には調和していきます。パラレルからハーモニーへ。ミステリ的なプロットだけなら純粋に傑作と言っていいんじゃないかと思います。物理トリックはかなりの無茶度ですが(笑)。
 ただ、別にモラリストを気取るつもりはありませんが、それでも本書のストーリーはあまり気分の良いものではありません。題材として暗いものや残酷なもの、悪趣味なものを扱うなというつもりはありません。そもそも、ミステリでは人殺しがお約束ですしね。ただ、それならそれでもっと書き込んで欲しかったという気はします。
 ミステリは作者と読者の間で競われるゲームかもしれませんが、その一方で小説、物語でもあります。ですから、せっかくの技巧ではありますが、ストーリー的にそれを再読して確かめようという気持ちが沸いてこないのでそれを吟味する気になれません。私がミステリ読みとして半端者なだけかもしれません。でも、叙述トリックものは基本的に読むのがめんどくさいのでストーリーそのものは読みやすいものにして欲しいなぁ、というのが本音です。技術的には優れているとは思うけど、にもかかわらず本書について誰かと語り合おうという気にはならない、そんな一冊です。