『ミステリ十二か月』(北村薫/中公文庫)

ミステリ十二か月 (中公文庫)

ミステリ十二か月 (中公文庫)

読み巧者・北村薫が若いミステリ読みのために過去の名作を紹介する目的で始めた読売新聞の連載コーナーが一冊にまとめられて、それに加えてにいろいろとオマケが付いています。

ミステリ十二か月

 北村薫が選ぶ名作ミステリ50選です。本書のメインです。企画の意図もあって大半を古典が占めているのが特徴です。その中でも一ヶ月ごとにテーマがあって、それに沿った作品が紹介されています。江戸川乱歩コナン・ドイル、エラリイ・クイーン、アガサ・クリスティといった古典の名作中の名作が紹介されています。書評感想サイトはたくさんありますが、そういうのはどうしても新刊の紹介がメインになりがちで、例え名作であっても古典は埋もれてしまいがちです。それはとてももったいないことです。特にミステリの場合だと、

「あらゆるミステリはメタミステリ(ここでは「先行するミステリの批評を含んだミステリ」といった意)である」っていう極端な見方もあります
(本書p243より)

というくらい古典は大事ですが、そのことを少しでも若い世代に伝え残す作業として本書のような試みは積極的に評価されてよいと思います。
 また、私も及ばずながらこうして書評サイトなんぞを運営しておりますから分かるのですが、名作であればあるほど、ネタを一切割ることなくその本の魅力を伝えるのはとても難しいです*1。その点、北村薫はさすがです。自らの読書談・ミステリ観を適度に交えつつ当該書籍の本質には触れることなく、だからといってもったいぶった言い回しもせずストレートにその魅力を教えてくれます。実のところ私もそんなに若くはないので紹介されている本の大半は一応読んでいますが(笑)、それでも未読なのが何冊があるのでそれは是非読んでみたいと思う一方で、既読のものについても「あれってそんなに面白かったかなぁ?」ともう一度読み直してみたくなる本も何冊かありました。

本棚から出てきた話

 連載『ミステリ十二か月』の後日談として、企画を受けた理由とか各月ごとのテーマとかが説明されています。連載中は「ミステリー」の表記だっだけど、本書にまとめるに当たっては普段使ってる「ミステリ」にしたという話には、統一表記にこだわる新聞社の無粋さを感じずにはいられませんでした*2

絵解き謎解き対談

 本書の挿絵(彩色版画)を担当された大野隆司と北村薫の対談です。小説と挿絵の関係、などというとライトノベルのことばかりを考えてしまいがちですが、そうじゃない普通(?)の小説と挿絵の関係についてあれこれ語られています。

「全身本格」対談

 有栖川有栖北村薫の対談です。北村薫の選んだ50作について有栖川が異論・反論を述べたり同意したりしています。『容疑者Ⅹの献身』騒動以来、ネットにおいて「本格」について語ることがタブー視される傾向を感じたり感じなかったりで、果ては「本格」不要論まであったりします。そうした主張も分からないではないです。正直、私もこのテーマであまり語りたくはありません(笑)。しかし、この対談はとても有意義なものです。「本格」がキーワードとなって多様な意見が語られて、読み方が豊かなものになっていく様子を見せられますと「本格」も捨てたもんじゃないなぁと素直に思います。
 ネットの書評・感想についても触れられています。

有栖川 そう、読書を楽しむってのはまさにそういうことですよね。ミステリファンの間では、あれがおもしろいこれがおもしろいと、新刊をレビューしていく人がいて、昔はファンが作る雑誌や会報に載せてたものですが、最近はインターネット上でいっぱい読めます。Aさんが推薦している本がおもしろいかどうかより、そこはAさんの個性が問題で。テキストおもしろいかどうかなんて、洗剤とか食品の成分を分析したり測定したり判定したりするようにはいきませんから。その小説をどう読めるか、その人はどう読んだのかが、レビューの醍醐味ですね。
(本書p234より)

 ぼくは生きていてもいいんだ(笑)。いや、私自身はできるだけ成分分析を志向してはいるのですが、それでも主観が排しきれないのは自明です。そういった部分を少しでも閲覧されてる皆様に楽しんでもらえるか、そこまでいかずとも、せめて不快には思われないように頑張っていきたいところです。
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 あと、個人的には叙述トリックについて有栖川が熱く語っている箇所がとても気になりましたので、そちらは以前書いた記事にこそっと追記しておきます(笑)。
 ……なんか長々と書いてしまいました。北村薫は作品の魅力をとてもコンパクトに紹介していて、そういうのは見習わなきゃいけないなぁと本書を読んで思ったばかりでこの長さです。まるで成長していない(AA略)わけですが(笑)、本の読み方も紹介の仕方もそれぞれということで大目に見てください(笑)。とにもかくにも読書の楽しさを再確認させてくれた一冊でした。

*1:ってか、私の場合は開き直ってネタバレしちゃってることが多いです(汗)。どうもスミマセン。

*2:この企画自体はグッジョブ! なのであんまり悪口のようなことは言いたくないのですが(汗)。