『クジラのソラ 04』(瀬尾つかさ/富士見ファンタジア文庫)
- 作者: 瀬尾つかさ,菊池政治
- 出版社/メーカー: 富士見書房
- 発売日: 2007/11
- メディア: 文庫
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「何に勝つんだ」
「さあ。多分このゲームに。それが何のゲームなのかも今は分からないけど、自分が盤上に立っていることは知っている。わたしには戦う覚悟があるわ。だからセーイチ、あなたも付き合いなさい」
(本書p210より)
(以下、既読者限定で。)
これまで行なわれてきた《ゲーム》の真相と陰謀の真実。すべてが全世界に知らされたことによって、これまで一部の人間だけが抱えていた「セカイ」の問題が世界のものとなります。平たく言えばトラブルの負荷分散とでも表現できるでしょうか。それによって、確かに聖一とアリスは自由を手に入れることができました。しかし、それは取り返しのつかない悲劇との引き換えでもありました。房絵の死と、そして冬湖の消失。目標を見失う雫。アウターシンガーとしてやれることはあります。しかし、一方でその力は冬湖と比較したときに「何かがやれる」といえるだけのものではありません。
世界に情報が開示された後、自由参加のシュミレーションでの《ゲーム》が活発になります。国の枠を越えてあらゆる情報と技術が共有された空間と、それを実践することのできるシステム。それによってプレイヤーの腕前は飛躍的に上がっていきます。こうした光景は、将棋棋士の羽生善治がいう「高速道路論」を彷彿とさせます。
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また、シミュレーション内では、訓練用にアウターシンガーとしての能力をエミュレートする技術が付与されています。これによって、シミュレーション限定ではありますが、超演算を行うことが可能になります。外付け機能による演算能力の強化といった発想は、人間とコンピュータが協同することが認められているチェス、すなわちアドバンスドチェスに近しいものがあるといえるでしょう。
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こうした試みは、勝負という観点からは微妙なものがあります。しかし、真理を究めるために、あるいは少しでもクジラという神様に近づくために有効な方法であることは間違いありません。これもまた《ゲーム》に対するアプローチするのひとつの手段だといえるでしょう。
物語の最後で明かされるソラの正体。
「この惑星中の海、その全てがわたしという個体を形作っている」
これは、SF者なら言わずもがなでしょうが、元ネタはずばり『ソラリス』(『ソラリスの陽のもとに』)です。惑星ソラリスをおおう海は、それ自体が惑星の複雑な軌道をも修正する高度な知性を持ったひとつの生命体です。『ソラリス』*1の作者であるスタニスワフ・レムは、ファーストコンタクトものの定型(共生か戦いか)的な図式を超えたより広い視点から、未知との交流の問題を解明することを目的のひとつとして『ソラリス』を書いたと語っています*2。それをモチーフにして書かれた『クジラのソラ』は、確かに『ソラリス』で提唱されたそうしたテーマに対する本書なりの答えを提出しています。『ソラリス』の物語では、未知のものとの出会いにおける『未知』というものが徹底的に描かれています。言葉も文化も思考回路もまったく異なるものとコミュニケーションを図ることの困難の自覚と挫折。それが『ソラリス』です。そこには戦いもなければ共生もありません。予断ですが、レムは最後の長編小説として『大失敗』を書きました。そこでは異星人とのコンタクトを図ろうとして文字通り失敗(という名の成功ともいえるのですが)していく様子が描かれています。
そうしたレムの作品を踏まえつつ、その正反対を行こうとしたのが『クジラのソラ』です。すなわち《ゲーム》という戦いを通じての相互理解です。最初は確かに《ゲーム》しかありませんでした。しかし、戦いが進むにつれて、様々な人間と様々なレベルでの相互理解が生まれていきます。それがついには人類とゼイとの共存へとつながっていきます。
伏線が幾重にも張り巡らされて、広げられた風呂敷の大きさもかなりのものでしたが(笑)、《ゲーム》というものを中心にとても巧みにストーリーがまとめられています。これまで智香が外国語(英語)を話せないのに会話が理解できちゃう場面が多々ありましたが、それが共感という特殊能力の伏線だったとは思いもよりませんでした(笑)。ソラ=ソラリスだったことを考えると、智香の功績はとてつもなく巨大なものです(『ソラリス』のケルヴィンは浮かばれませんが・笑)。また、作中では結局、房絵を生き返らせようとする試みは簡単に却下されてしまって個人的には納得いかないものを感じたのですが、ソラ=ソラリスであるならば、そんなのやらなくてよかったと心底思います。ってか、絶対にやっちゃ駄目です(笑)。また、ソラ=ソラリスなのは間違いありませんが、他にも海ということから『ディープ・ブルー』(参考:Wikipedia)も連想できますね。
少々早足に感じた場面もありましたが、総じてとても読み応えのある大満足のシリーズでした。
【関連】
・プチ書評 『クジラのソラ 01』
・プチ書評 『クジラのソラ 02』
・プチ書評 『クジラのソラ 03』
- 作者: スタニスワフレム,Stanislaw Lem,沼野充義
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2004/09/20
- メディア: 単行本
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- 作者: スタニスワフ・レム,飯田規和
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1977/04
- メディア: 文庫
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