『クジラのソラ 02』(瀬尾つかさ/富士見ファンタジア文庫)

クジラのソラ〈02〉 (富士見ファンタジア文庫)

クジラのソラ〈02〉 (富士見ファンタジア文庫)

 《ゲーム》は三人一組で行なわれるチーム戦です。《ジュライ》のメンバーはそれぞれにプレイヤーとしての個性があります。カンで動く智香、セオリー無視の冬湖、そして理論派の雫(p176〜177より)という構成ですが、それがチームとなったときにどのように機能するかがまた別に問題となります。
 将棋棋士羽生善治は、将棋を指しているときには先手羽生、後手羽生、観戦羽生の三人の羽生がいるといいます。この例えになぞらえて3人の関係を考えますと、智香は自分たちの側から考えるタイプだといえるでしょう。単純に勝利を求め相手に対して攻撃を仕掛けようとします。冬湖は観戦者タイプです。自分と相手のチームの状況を把握して攻守の方針を定める役割です。
 雫は相手の側に立って考える役割だといえるでしょう。相手の長所と自分たちの短所が見えるタイプです。負けない戦い方が得意な反面、自分たちの短所が見えてしまうだけに、ときに考え込んでしまうことがあります。敗北の恐怖を正面から見つめてしまいます。だからこそ、彼女が前を向いたときは本当に頼もしいです。彼女が勝利を確信したときは、それすなわち勝利をつかみとることとイコールなのです。こうしたメンバーの配置・相性は、《ゲーム》のチームとして、あるいはストーリー上の人間関係からみて絶妙だと思います。
 本書では、《ゲーム》の正体、異星人ゼイが人類に《ゲーム》を行なわせる理由が明らかになります。囲碁を題材にした『入神』(竹本健治/南雲堂)という漫画があるのですが、その中に次のような一節があります。

碁は天帝に奉げる果実
一手たりとも腐っていてはならない*1
(『入神』p61より)

 また、将棋のタイトル戦でも、神前に棋譜を奉げる「奉納将棋」がときどき行なわれたりします。そんなことを《ゲーム》の真実から連想しました。そして、その時点から単なる勝敗を賭けただけのものであったはずの《ゲーム》が、まさに命を賭けた戦いの場へと変貌していくことになります。正直、これまでのスポ根的な展開が十分以上に面白かったので、こんなに早くそのバランスを崩しにかかるとは思ってなかったのですが、まあこれはこれで、といったところでしょうか。《ゲーム》のみならず大会の本質が変わってしまったわけですが、それでも戦う意義を見出すことができるのか。素直に戦いに向き合える冬湖と当惑せざるを得ない雫の対比がとても面白かったです。
 チャンピオンとなったプレイヤーはゼイによって宇宙へと連れて行かれますが、その後具体的にどうなるのかが明らかになりました。それは確かにチャンピオンにならなければ見ることのできない風景かもしれませんが、同時にこれまで以上に過酷な戦いが待ち受けていることをも意味しています。それは宇宙飛行士の境遇と似ています。自らの努力と才能のすべてと命を賭けて、大切な人たちにも別れを告げて、それでも目指さずにはいられない宇宙を渇望する気持ち。その先に幸せが待っているとは限らないのに、それでも立ち止まることのできないプレイヤーたち。彼女たちの行く末に不安を感じずにはいられませんが、一方で、そうした生き方に羨望を覚えてしまうのもまた確かです。彼女たちの未来に待っているものは果たして・・・・・・?
【関連】
プチ書評 『クジラのソラ 01』
プチ書評 『クジラのソラ 03』
プチ書評 『クジラのソラ 04』

入神

入神

*1:ちなみに、『虚無への供物』の作者として知られる中井英夫が晩年に残した走り書き「小説は天帝に捧げる果物 一行でも腐っていてはならない」が元ネタです(河出書房新社中井英夫 虚実の間に生きた作家』p165より)。