有川浩『阪急電車』幻冬舎

阪急電車

阪急電車

 有川浩の最新作『阪急電車』です。
 舞台となる阪急電車今津線は宝塚と西宮北口(通称「ニシキタ」)を結ぶ、大阪の大手私鉄阪急電鉄のなかでも比較的マイナー*1な路線です。もっとも、阪神競馬場仁川駅)があるため知っている人は知っているかもしれません。
 物語は、この阪急電車今津線で乗り降りする人々の「恋にまつわるエピソード」を切り取った連作短編です。「宝塚」から「西宮北口」まで8駅。恋の始まりあり、終わりあり、思い出あり。飛び道具もハッタリもない直球勝負の「恋愛小説」であり、これまでの作風と違うのかなあ、と思いましたがさにあらず。これがまた、不思議と「有川節」でした。
 舞台となる阪急電車および阪急今津線の説明、駅および周辺環境の説明、登場人物の説明と、ページ数が少ない中に大量の情報を詰め込んでいるのですが、ややもするとがさつに見えてしまうほどの小気味良く流れるような筆致により、読者の頭に情景がするすると入ってきます。本書の前半部分は各短編ごとに雑誌『パピルス』に連載されていました。各短編それぞれ、前の短編の主人公たちが微妙に絡んでくるという仕掛けになっているのですが、号の間隔があいてなお、前の号の短編の主人公たちがわかるほど特徴的で、それでいて「どこにでもいそうな」男女が活き活きと描かれています。
 ふとしたきっかけで生まれた「恋の始まり」もあれば、痛々しいほどドロドロしている「恋の終わり」もあります。デビュー作『塩の街』では出版するレーベルの関係で「読者の対象年齢を考慮した設定改変」がありましたが、もともとは「大人が読めるライトノベル」を心がけていることもあり、地に足ついたリアルな設定・状況*2を土台に、恋の始まりという「ファンタジー」(そう、まさにファンタジーです)を見事に描いています。
 羽海野チカハチミツとクローバー』で、
「人が恋におちる瞬間を、はじめてみてしまった」(1巻p18)
 という有名なフレーズがありますが、本作は「その部分」のエッセンスをこれでもかこれでもかと詰め込んでいます。
 有川浩の新たな一面を発見できる上質なエンタテイメント小説だと思うので、恋愛小説アレルギーの方には大手を振ってオススメできませんが(笑)、それ以外の方にはオススメしたいです。
(以下、若干ネタバレ)
 読んでて感心したところは、くっつくカップル2組が「偶然出逢った他人同士」なのではなく、それまでに何かしらの「縁」があることです。これが全く知らない人同士がアクシデントで急接近し・・・だったら「そんなのあるかいっ!」というウソ臭さが鼻についてしまう気がします。このへんの匙加減は巧いですね。
 あと、『空の中』もそうですが、老人最強。

*1:前書きより

*2:けっこう生々しいです(笑)