『犯罪ホロスコープ Ⅰ』(法月綸太郎/カッパ・ノベルス)

犯罪ホロスコープ1 六人の女王の問題 (カッパ・ノベルス)

犯罪ホロスコープ1 六人の女王の問題 (カッパ・ノベルス)

 作者と同名の法月綸太郎が探偵役として活躍する短編集です。今回は、タイトルどおりにホロスコープ(参考:Wikipedia)の黄道十二星座になぞらえた牡羊座から乙女座までの6つの短編が収録されている〈星座シリーズ〉です。6作品すべて星座にまつわる神話をモチーフにしたものとなっていますが、神話については作品の冒頭で説明がされているのでギリシャ神話を知らずに本書を読んでもまったく問題ありません。ミステリを読みながらギリシャ神話にも詳しくなれるのですからお買い得です(笑)。
 本書巻末で執筆順に作者のコメントついているので、各作品について私がここであれこれ言う必要はないのですが(苦笑)、まあせっかく読んだので作者コメントと被らないように気を付けながら簡単な雑感を。

ギリシャ羊の秘密

 黄金の羊毛亭さんのサイト名の由来にもなっている牡羊座の黄金の羊毛のエピソードがモチーフとなっている短編です。黄金の羊毛が予期せぬ暗号(?)となっているプロットの捻じれ具合が面白いです。

六人の女王の問題

 収録作品中ではもっとも難解な暗号もの。こんなの解けるわけねー。でも、仕組みを知ったときには感心しちゃいました。こんなのよく作れましたね(笑)。意味深な俳句の暗号から始まり、その暗号を解く鍵を探す過程で牡牛座を始めとするギリシャ神話のモチーフが巧みに混ぜ込まれている辺りに作者の苦労を感じます。暗号自体は超難解ですが、事件の構図そのものは作者コメントにもあるとおりに簡単で、そのギャップが楽しいです。特にオチはとても好きです。

ゼウスの息子たち

 ミステリで双子といえば入れ替わりがお約束です。その期待が裏切られることはあってはならないわけですが(笑)、その点は安心してください。また、被害者が「偽者に、やられた」というヒントを残して死んでいることからダイイングメッセージものとしての側面もあります。双子座のエピソードを下敷きにしつつしっかりと双子ネタが消化されてるのが好印象です。

ヒュドラ第十の首

 蟹座です。被害者の名字が蟹江だったり水槽で蟹を飼ってたりと露骨な演出が随所に見られますが、そういうのは嫌いじゃないです。蟹座のエピソードからヒュドラを引っ張り出してくるところに苦しさを感じないでもないですが(笑)、ヒュドラとゴム手袋とを結び付ける発想には素直に感心しちゃいました。死者の残したメモというのは書かれ方によっては暗号めいたものになりますが、本作だとオンラインストレージ(インターネット上の仮想ディスクに大容量データを保存するシステム)に残されたログが容疑者を絞り込むことにつながるとともに解読すべき情報の対象となっています。ミステリのネタ探しには最新技術へ貪欲に興味を持つ姿勢が欠かせませんね。

鏡の中のライオン

 被害者が女優で容疑者がシナリオ作家。あるはずのない場所にあったピアスが逆密室という不可思議な状況を作り出します。事件の背景は作家の書いたシナリオに隠されているのでそれを読み解くことになるのですが、獅子は獅子でもこれはちょっとズルくね?(笑)

冥府に囚われた娘

 植物状態にあるはずの女性の携帯電話から発信されたメール。その文面が都市伝説として不気味な広がりを見せる中、不可解な殺人事件が発生します。巻末のコメントで法月綸太郎の功績』収録の「都市伝説パズル」の二番煎じみたいなところもあるけれど、力点が違うので、大目に見てくださいと作者は謙遜してますが、本書の中では白眉じゃないかと思います。少なくとも私はこれが一番好きです。乙女座の神話がプロットとして文句なしに生かされてますし、自前で作ったという都市伝説にもリアリティがあります。その都市伝説の解釈を巡る推理も面白ければ、殺人事件の犯人が明らかとなった後にもう一捻りあるところもまた面白いです。とても贅沢な一品に仕上がってます。


 ところどころに神話をモチーフとして統一したことによる無茶がないわけではないですが、トータルとしてはさすがの安定度の短編集です。遅筆で知られる法月綸太郎ですが、なるべく早く残りの6つを書いてもらって〈星座シリーズ〉が完成することを切に希望します(笑)。