『”文学少女”と月花を孕く水妖』(野村美月/ファミ通文庫)
- 作者: 野村美月,竹岡美穂
- 出版社/メーカー: エンターブレイン
- 発売日: 2007/12/25
- メディア: 文庫
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僕、そのものが一条の物語になった訳だ。
というわけで、今回の元ネタは泉鏡花『夜叉ヶ池』です。本作は元ネタへの依存度がかなり高めですので、元ネタが未読だとちょっと厳しいかもしれません。もっとも、『夜叉ヶ池』自体は泉鏡花の特有の言葉使いなどもあり多少読みにくくはあるものの、文章量的には全然たいしたことがないので読むのに時間はかからないはずです。未読の方にはぜひ一読されることをオススメします。
前作のあとがきで、今回は番外編になることが予告されていたのでどんな話になるのかと思いきや、いつも通りの”文学少女”だったのに驚きです(笑)。ただ、これまでと違って心葉の苦悩については筆がほとんど割かれてはいません。そういう意味では番外編といってもよいでしょう。
物語の時系列としては二巻と三巻の間に位置する夏休みのお話です。「本編でなかなか書けない人たちのフォロー」がきちんと図られています。すなわち、姫倉麻貴と天野遠子のフォローです。
姫倉麻貴は天野遠子の友人ですし、これまでも作中において重要な役割を果たしてはきましたが、しかしながらこれまでは黒幕的な役割がほとんどであまりスポットが当てられることはありませんでした。今回、姫倉麻貴は八十年前の”祟り”の正体を知るために、惨劇のあった現場に再び役者を揃えます。言わば、探偵役の誘発による”見立て殺人”の再演です。見立て殺人とは、ミステリ用語で何らかの物語(ex.マザーグースなど)になぞらえて発生する殺人事件のことです。そこでは、見立ての正体とそれを仕掛けた理由・動機が重要となります。八十年前の事件と現代に再現された”見立て”。その真相の鍵を握るのが『夜叉ヶ池』です。
その一方で、晃と百合が鐘撞小屋に縛られているという設定が、姫倉の血の束縛へと結びつけられています。その束縛は”文学少女”による物語の解釈と想像によって解放されることになります。そこで語られる”文学少女”の想像が真実だという保証はどこにもありません。しかし、それはこのシリーズの特徴でもあります。”文学少女”が物語るのは推理ではなく想像です。物語の解釈へと落とし込まれるそれは、過去を明らかにするためのものではありません。未来を創り出すためのものなのです。
「でなきゃ、どんな”想像”を麻貴が望んでいるのかもわからないわ。効率悪すぎよっ」
(本書p157より)
そこにはミステリにおける論理とはまた違った力学があります。物語の力学です。
『夜叉ヶ池』をモチーフとして語られるもう一人の人物が天野遠子です。こんな言い方をすると意外に思われる方もおられるかもしれませんが、今まで天野遠子は本シリーズの探偵役として”語る”位置にはいたものの”語られる”位置にはほとんどいませんでした。夏休みの別荘。琴吹さんも芥川くんも竹田さんもいないひと夏の思い出。『夜叉ヶ池』の前半部分を彷彿とさせる甘いやりとり。本編では琴吹さんがすっかりヒロイン役に落ち着いちゃいましたから(笑)、時間を巻き戻してでも語らなければならないことがあるわけです。それが天野遠子の物語です。
本シリーズは、つまるところ井上心葉と天野遠子の物語です。俯瞰すれば、一人の作家と読者との関係性の物語です。5巻までの流れで、井上心葉は作家としての過去の自分を許すことができました。美羽のためだけに書いた物語を、書いてよかったと思えるようになりました。それはひとつの区切りではありますが、本作のラストで示されている未来へ辿り着くためには、もうひと山を超える必要があります。これから先も物語を書き続けるだけの理由。彼方にいる読者のために物語を書くだけの覚悟。そのために、天野遠子の物語が必要となるのでしょう。
『夜叉ヶ池』とゆりの日記。姫倉麻貴の企みと苦悩。天野遠子の秘めた思い。事件の真相。それらの背後にある作家と読者の物語。
「でも、鏡花の作品の中では『夜叉ヶ池』は、読みやすいほうなのよ。『草迷宮』なんか、物語の中でまた別の物語を語ってたりして、たまに誰が何の話をしているのか混乱しちゃうことがあるわ。そういう危うさが、迷宮の中をくるくる回っているようで、陶然としてしまうのだけど」
(本書p111より)
『草迷宮』に関するこうした言及は、そのまま本シリーズにも当てはまります。
示された未来。確実に訪れる別れの時。結末が明らかになったことで本シリーズはミステリではなくなりました。だからこそ、そこで何が起こることになるのかに注目せずにはいられません。作家とは何なのか? そして読者とは、”文学少女”とはいったい何なのか? 続きがとても楽しみです。
なお、本作は番外編という位置付けではありますが、
「お芝居って楽しいわね、癖になりそう」
(本書p115より)
自分と重ねてゾッとした。
(本書p192より)
などなど、後の展開を考えるとこれはと思わせる描写がそこかしこにあります。ですから、刊行順どおりに読むのがセオリーなのかもしれませんが、時系列順に2巻の次に本書を手に取るというのも読み方としてありだと思います。
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- 作者: 泉鏡花
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1984/04/16
- メディア: 文庫
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