『宇宙創世記ロボットの旅』(スタニスワフ・レム/ハヤカワ文庫)
- 作者: スタニスワフ・レム,吉上昭三,村手義治
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1976/08
- メディア: 文庫
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トルルは行動してから考えるタイプですが、クラパウチュスは反対に行動する前によく考えるタイプです。そんな二人はときに反目もしますが、仲のよい親友です。二人の掛け合いは漫才みたいで読んでて楽しいです。二人は一応ロボットなのですが、行動とかは丸っきり人間です。本書が理屈っぽさを重視しているものではないことの証左だと思います。
長らく入手困難な本でしたが、紀伊国屋書店「絶版文庫復刊フェア」によってめでたく読ミガエルこととなりました。ホントにホントに嬉しいです。紀伊国屋書店様様です(笑)。
本書には合わせて9つの短編が収録されています。
〈哲人『広袤大師』の罠―第一の旅―〉は、いがみ合う二つの国に戦争における究極の指揮命令系統技術を授けることによって生じる喜(悲?)劇が描かれています。他の長編との通奏低音が感じられて、いかにもレムらしい作品だと思います。
〈詩人『白楽電』の絶唱―番外の旅―〉は、トルルがクラパウチュスをあっと言わせるために詩を創作する機械を作ろうとします。まず、この機械を作る過程が無駄に衒学的でふざけるにも程があります(笑)。で、出来上がったら出来上がったで大暴走します。ってゆーか、この詩すごいよね(レムもすごいけど訳者もすごい、と思います)。
〈猟王『残忍帝の誘拐』―第二の旅―〉では、猟王から狩猟用の猛獣を作るように依頼されます。しかし、その猛獣が猟王に倒されてしまったら依頼は失敗したこととなり二人は処刑されてしまいます。だからといって猛獣が猟王を殺してしまったら、二人は国王を殺害した罪を問われることになってしまいます。パラドックスめいたこの状況を二人はいかに打破するのでしょうか。
〈竜の存在確率論―第三の旅―〉は、何より竜の存在論が面白いです。曰く、
実在はあまりにながい時を安住のうちにすごしてきたため、いまさらそれについて一言も語るには及ばないというのだ。というわけで、天才的なケレブロン教授は精密科学の方法を用いてこの問題にとりくみ、竜にはゼロ型、虚数型、マイナス型の三つの種類があることを発見した。
(本書p95より)
真面目な顔してなに馬鹿なこと言ってんの(笑)。
昔から竜類学には、マイナス型竜二匹を
採集する と(これは普通の算数の『掛ける』に相当する竜代数学上の算法である)約〇・六匹分の未熟竜が発生するというパラドックスがある。
(本書p96より)
といった辺りは、ひょっとしたら『人類は衰退しました 2』(田中ロミオ/ガガガ文庫)所収の中編「妖精さんたちの、じかんかつようじゅつ」の元ネタのひとつじゃないかと思ったり思わなかったりですが自信はありません。
そんな不思議な竜を退治するお話です(どうやって???)。
〈汎極王子の恋路―第四の旅―〉は、対立する二つの国の片方の国の王子がもう片方の国のお姫様に恋をしてしまったのでそれを何とかするという。これだけだとよくあるお話です。レム作品で色恋沙汰が扱われているというだけでも貴重ですが、そこはレムですからデリカシーゼロです(笑)。でもってこの解決はいろんな意味で酷いです。
〈舞踏王の戯れ―第五の旅―〉は、隠れん坊が好きという困った王様によって引き起こされるとんでもない隠れん坊です。ってゆーか、王様が隠れちゃ駄目だろ(笑)。案外、真面目な意図が込められているんだと思いますが、差し当たり目の前で繰り広げられるドタバタ劇を楽しめばよいと思います。
〈コンサルタント・トルルの腕前―番外の旅―〉は意味不明。だって、
「ところで、それはいったい何です?」
「それがわれわれにもわからんのです。ひょっこり現れて飛んできたのですが、なにものとも知れず、ただ、どういうふうに見究めたらいいものか見当もつかないほど恐ろしげなものでして、どこから見ても、見れば見るほど身の毛がよだちます。飛んでくると着陸して、なにかとんでもないもなく重いものがどっしり腰をすえたように、びくともしません。そして、なんとも目ざわりなことに、もうこれからさきどこへも行こうとしません」
(本書p174より)
何ですかこりゃ? というわけで、毒をもって毒を制す、が本作の真意じゃないかと思います(適当です)。意味不明なもののカウンターとして用意されたものにレムの毒舌を感じます(笑)。
〈盗賊『馬面』氏の高望み―第六の旅―〉は、今のネット全盛の情報化社会を狙ったかのような寓意が込められています。ちょっと痛いです。おそらく、「二流悪魔」は「ラプラスの魔」にかかってるんだろうなぁとか考えると面白いです。
〈トルルの完全犯罪―第七の旅―〉は、このタイトルが作者の真意を表しているんだと思います(つまり”犯罪”だということ)。内世界・外世界の問題は、普通は内側にいる人間の悲劇といったものを描くのが典型だと思いますが、本作だと外側から見た悲劇・失敗が描かれています。レム独特の視点の妙だといえるでしょう。
以上の9編が収録されています。一編一編は短いのですがその割りに読むのには時間がかかりました。理由のひとつに、寓話調といってもレム作品だけに衒学的要素がふんだんに盛り込まれていてスルーするのが容易じゃないしそこがまた楽しいというのがあります。もうひとつとして、訳が少々古いのに加え、作品独特の雰囲気を重視したためだと思われますが、独特の訳語が多数使われておりまして、それを読んで反芻するのに少々時間がかかりました。しかしまあ、レムの作品を簡単に読めるなど最初から思ってませんでしたから、これくらいは何の問題もありません(笑)。ファンとして十分満喫させていただきました。読めて良かったです。