『ミステリ講座の殺人』(クリフォード・ナイト/原書房)

ミステリ講座の殺人 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

ミステリ講座の殺人 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

「もっともなお考えだと思います。でも、ロジャーズがいわんとしてることはこうなんです。探偵作家というものは、おそらくこの世でもっともお粗末な探偵だと。そもそも誰が犯人なのかを知ったうえでないと、自著のなかの犯罪ですら解決できないんですから。その知識を多かれ少なかれ出発点にして、物語を創りあげるんですよ」
(本書p75より)

 タイトルからしてメタメタなものを想像して買ったのですが、読み終わってみたらそれ程でもなかったので少々ガッカリしております。もっとも、原題は「The Affair of Heavenly Voice」(直訳すると「天の声の事件」といった感じでしょうか?)なので、そもそもそういうのを期待する方が間違ってたわけですが(苦笑)。ただ、『ミステリ講座の殺人』だと、同タイトルの翻訳書(キャロリン・G・ハート著『ミステリ講座の殺人』。原題は「A Little Class on Murder」。未読なので内容は分かりません)があるので紛らわしいですね。
 閑話休題です。本書において注目すべきは、何といっても冒頭にある注意書きです。

 物語のなかで殺人者は少なくとも二十九回、臭跡を残している。本書の巻末にはこれらの手がかりが索引にしてあるので、読者は手がかりをメモしておき、最後に自分のリストを作者のそれと見比べてみることをお勧めする。
(本書p3より)

 クイーンの「読者への挑戦状」を髣髴とさせる趣向です。何でも、こうした〈手がかり索引〉という趣向を最初に行ったのはC・デイリー・キングであり本書はそれを踏襲した形であるけれど本書の初刊本では索引部分が袋とじにされていた、ということらしいです(詳細を知りたい方は、本書巻末の訳者・森英俊の解説をお読み下さい)。てなわけで、せっかくですからそれなりに意識しながら読んでみましたが、29個全部を当てることはできませんでした。っていうか、それが手がかりといえるのかどうかはさておくとして、果たしてそれが殺人者が残した臭跡だといえるのか? という点に激しく疑問を感じるものがいくつかありました。納得いかねーなー(笑)。とはいえ、そうした趣向が凝らされていることからも分かるとおり、本書は本格を志向したミステリです。テーマとしてはフーダニットがメインです。面白いトリックが別段用いられているわけでもありませんし、作中において重要視されている動機もそんなに奇抜なものでもなく、正直言って普通です。端整なものにしたかったのは分かりますが、趣向に納得が行かなかったということもあり、オススメ度は低めです。
 とはいえ、まったく面白くなかったというわけでもありません。本書は、ミステリの書き方を習いに行ったらそこで実際に殺人事件が発生してしまった、というお話です。ですから、作中の人物は程度の差こそあれミステリについての知識がありますし、事件について考えるときも、これがお話としてのミステリだったらどのように展開しなければならないか? といったことを考えながら推理します。例えば、

「小説のなかだと」私はいった。「こうした状況では、作者が関係者全員をどこか逃げ出せないところ――船や列車の上、あるいは道が雪でふさがれて孤立してしまった屋敷――に集める算段をするか、事件が解決するまで警察が全員を足留めしておくのがきまりです。われわれの場合は違う。なんの制約も受けてませんから」
(本書p98より)

「なかだるみの状況に物語の途中で直面した際、第二の殺人というのはわたしら作家にとってまさに天の賜物のようなものさ。それによっていっさいのものを最初から考え直し、新たな犯罪に照らしてすべてを再調査することができるからね。読者の関心を再び呼び覚まさせるだけでなく、こちらに腕さえあれば、サスペンスを高め、読者をやすやすとクライマックスへ導くことができるだろう。だが、どんな物語であれ、殺人は三つもあれば十分だ。冒頭での殺人、サスペンスを高める殺人、それから結末ないしクライマックスでの殺人。
(中略)
あんたたちが心がけておくべきなのは、犯罪と犯罪のあいだにしかるべき間を置くことで、そうすることによって物語全体をスリリングなクライマックスへと持っていくことができるのさ。最初の犯罪にサスペンスを高める殺人をつけ加えることを思いついた最初の作家に、私は心から感謝してるよ」
(本書p168〜169より)

というように、メタな雰囲気がところどころで味わえるのは個人的には好みです。もっとあっても良かったくらいですが(笑)、書かれたのが随分昔(1937年)のことでもありますし、それは仕方がないですね。てなわけで、文庫ならともかく単行本ですし、物好きな方向けの作品という位置付けが妥当でしょう。