『Self-Reference ENGINE』(円城塔/ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

 やるべきことはまず”想像を絶するもの”を読者に想像させることが第一歩であろう。そうするには作者と読者の間に想像力以上の交感が必要とされる。だが作者と読者の間に交感事項(あらかじめ説明抜きで書ける共通の言葉とか概念、のようなもの、と定義しておく)が多いとかえって”想像を絶するもの”から遠ざかるのもまた事実だ。だからといって交感事項を減らしすぎるとわけのわからない変なものになってしまう。
 ”想像を絶するもの”の表現には想像力の媒介に鍵があるのは間違いない。音楽の場合は音や歌詞でそれを行い、小説の場合にはそれを文章で行なうことになる。作者と読者の想像力を媒介させて”想像を絶するもの”を描くには、絵や映像に比べれば、言葉でやる方が有利であると思う。(音も有利だと思うがとりあえず小説の話である)
 あとはどうやるかに尽きる。早い話がこのうまい方法を考え出せば、”想像を絶するもの”は書けないにしても、少なくとも”想像を絶するもの”に接近出来るわけである。前述のラヴクラフトの流儀を応用するのも一つの手ではある。
酒見賢一墨攻』文庫版あとがきより)

 何となく本書について何か書けそうな気になったのでパソコンに向かってはみたものの、やっぱり無理だったので諦めようと思いましたが、”何か書けそうな気になった”というのがとても大事な気がしたので、いつにもまして駄文になるであろうことを承知の上で、何か書き残しておくことにしました。
 ゼノンのパラドックス(参考:Wikipedia)というのがあります。”アキレスと亀”とか”飛んでいる矢はとまっている”などで知られているパラドックスです。こうしたパラドックスは、我々が生きている現実に答えを求めれば間違っているのは明らかです。しかし、そうした問題そのもの、あるいはそれについて考えることは無意味でしょうか? そこには何らかの真実があるのではないでしょうか?
 SFというのは総じてゼノンのパラドックスだと言えるでしょう。タイムトラベルも多世界解釈も超知性体も地球外生命体も、(少なくとも現時点での)我々にとってはそんなことはあり得ないのが現実です。しかしながら、それをあるものだと仮定した上で物語を理解し、それを楽しんで、さらにはそこから抽象的な理論めいたものを抽出してあーだこーだと議論したりするのがSF者の清く正しいあり方というものです。
 本書はそうしたSFの抽象性を、作者と読者との間の交感事項として利用しています。そこで伝えようとしているものは、”想像を絶するもの”です。例えば、本書のテーマのひとつである超知性体ですが、超知性体の知性を知性体の身分で書くことなどできるはずがありません。しかし、タイムトラベルや多世界解釈といった理解不能な問題を理解しているという存在を描き、さらにはそうした超知性体にすら理解できないものを登場させることで、”想像を絶するもの”に対して読者を接近させているわけです。もっとも、単にこれだけだと意味不明なお話になりがちなところ、本書の場合はゆるーい連作短編の形式を採っておりまして、一編一編を取れば単品のバカSFとして読めるところがまた秀逸です。それだけでSF者のページをめくる手は止まらなくなってしまうのですから困ったものです(笑)。そうしたSF者としての抽象的な面白さが本当に何となく積み重なっていきながら、最後の最後で明らかにされるタイトル『Self-Reference ENGINE』の意味が明らかにされます。『Self-Reference ENGINE』の意味とは何か? これは私には言葉にできません。いえ、決して理解できなかったからではないのです(多分)。しかしながら、これは私自身の中にある場合にのみ真実なのであって、こうして外に文字化してしまうと嘘になってしまうような性質のものなのです。その答えは本書を読むことであなたの中に自然と生まれてくることでしょう。

墨攻 (新潮文庫)

墨攻 (新潮文庫)

【2007.10.09追記】著者インタビュー:円城塔先生(Anima Solaris)

 お話自体は単純で、ずっと考えることを続けて、相手そのものへ辿り着ければいいねというだけですね。

 そんな話だったのか(笑)。
【さらに追記】
 上記インタビューからの引用ですが、『Boy’s Surface』について言及です。紛らわしいことを書いてしまい申し訳ありません(汗)。ただ、インタビュー自体はぜひ読んで欲しいのでリンクは残しておきます。また、上記引用のような読み方が『SRE』でできないこともない(というか、個人的には少し正体が分かった気すらします)と思うので、よろしければ参考になさってみて下さい。