『みすてぃっく・あい』(一柳凪/ガガガ文庫)

みすてぃっく・あい(ガガガ文庫 い 3-1)

みすてぃっく・あい(ガガガ文庫 い 3-1)

「2…3 5…7…11…13…17……19
 落ちつくんだ…『素数』を数えて落ちつくんだ…」
『ジョジョ語』より)

 虚数だって、フィクションに違いない。ただし、実数が現実で、虚数が虚構だというのではない。
 実数だって、虚構と言えば虚構である。円周率で、小数点から1万桁目なんて、現実にはボーボーの彼方にかすんでいる。
(『第四次元の小説』p267より)

 帯に小さく”幻想百合ミステリー”と書いてあったのでイロモノに対する怖いもの見たさで読んでみたのですが、思わぬ傑作に出会えて大喜びですよ(笑)。帯の文句が嘘だというわけではありません。しかし、私としてはまずSF者にオススメしたいです(理由は読んでいただければ分かると思います)。帯の文句に釣られちゃうと、タイトル『みすてぃっく・あい』の”あい”は”愛”と思い込みがちです。それが間違いというわけではないのですが、一義的には虚数(imaginary)記号の”i(アイ)”でしょう。そして、次は多分”私(I)”だと思います。
 登場人物はわずかに4人、200頁と少しというとてもコンパクトな物語ですが、とても読み応えがありました。数学的な伏線・表現・比喩が頻出しますのでその辺りで好みが別れるかもしれませんが(おまけに百合ものですが・笑)、広くオススメしたい佳品です。
(以下、既読者限定で。)
 イーガンやムアコックとかの多世界解釈ものと比べると、本書は優しい上にシンプルです。しかし、深さ的には決して負けてません。それに加えて選択と多世界解釈についてノベルゲーム(ADV)っぽい比喩を使って説明されていますから、SFにあまり馴染みのないラノベ読者からしても分かりやすいかたちで多世界解釈というものが説明されてるのではないでしょうか。本書を読んでSF的設定に興味を持たれた方には、とりあえずイーガンの『ひとりっ子(プチ書評)』(ハヤカワ文庫)をオススメしたいです(いや、まあ『ハルヒ』でも別にいいですけどね・笑)。
 SF的観点からの魅力ばかりをまずは全面に押し出してしまいましたが、百合ものとしてもちゃんと(?)してます。読者の多くが百合ものに一体何を望んでいるのかは分かりませんが、私としては価値観の倒錯を期待して読むことが多いです。そして、その期待に本書は十分に応えてくれてます。この倒錯した雰囲気が平行世界ときちんとリンクしているのが面白いです。倒錯してるから多世界なのか、それとも多世界だから倒錯してるのか? それは分かりません。無限に広がる黒と白のチェス盤をイメージしたときに、その模様は黒と白のどちらから始まっていると考えるべきでしょうか? それも分かりません。しかし、決めることはできます。本書はそういう物語です。
 ミステリーとして読んじゃうと疑問点はあります。特に聴覚については疑問です。聴覚がないのにそう易々と声を出して会話ができるものでしょうか? いや、まったく無理ってこともないでしょうが、本書の場合はかなりねぇ……。しかし、その点についてはあくまで『虚数の庭』での物語だということで納得するしかないでしょうね(ただ、この仕掛けは不要なようにも思います)。信用できない語り手による物語ですし、大目に見ることにしましょう(笑)。

 いったい荘周が蝶となった夢を見たのだろうか、それとも蝶が荘周になった夢を見ているのだろうか。
(『荘子』より)

第四次元の小説―幻想数学短編集 (地球人ライブラリー)

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荘子 第1冊 内篇 (岩波文庫 青 206-1)

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