『彼女はQ』(吉田親司/電撃文庫)

彼女はQ(クイーン) (電撃文庫)

彼女はQ(クイーン) (電撃文庫)

 ギャンブル小説ですが、面白かったです。ギャンブル小説というと、『マルドゥック・スクランブル(書評)』を思い浮かべる方も多いかと思われます。確かに『マルドゥック〜』はギャンブル小説として稀有の傑作ですが、あれはSF的アイデアに基づいた異常なまでの緊張感と圧倒的なまでの疾走感が売りで、賭博の魅力とか技術論については勢いで誤魔化されちゃいました(笑)。その点、本書は”ポーカー”や”大富豪”といった馴染みのあるカード(トランプ)ゲームを題材に、しっかりとした勝負が描かれていてとても好印象です。
 とはいえ、ギャンブル小説を書くのは大変なはずです。ギャンブル勝負は、実力が必要なのはもちろんですが、結局は運が勝敗を大きく左右します。この運の要素を、物語の神である作者は決定的に握ってしまっています。”神はサイコロを振らない”のです。従って、作中の勝敗の結果をご都合主義ではない自然なものとするためには、それなりの工夫・説得力が求められます。本書の場合だと、主要人物の3人にギャンブルにおける重要な側面をそれぞれ強調して割り振ることでキャラの個性を引き立てています。それによって、ゲームの勝負どころの局面において、そこで重要な要素は何なのかということがクローズアップされて、それを持っているキャラが必然的に勝利することになります。
 ギャンブルというゲームを左右する要素とは何か? ゲームの種類によりますが、大抵のゲームは実力+運によって勝敗が決定されます。ギャンブルの対象となるゲームは、将棋や囲碁といった種類のゲームとは異なり、プレイヤーに与えられる情報は不完全で、もちろん偶然性に大きく支配されています。そうした偶然性・確率を限定的な情報から的確に判断して勝負手を見極める能力、それが(狭義の)実力です。そうした要素を象徴する役割を与えられているのが本書だと看楽倉美子です。そうしていくら最善を尽くしても、ギャンブルである以上、運不運によって勝敗は決まります。最善を尽くしてなお負けるという事態が起こりうるのがギャンブルなのです。そうした運という側面を体現させられているキャラが古座間星斗です。このキャラがサイコロを振ると必ず最善の目が出ます。そうしたいかにもフィクションな特性を登場人物に持たせてしまうことで、逆に勝負の結果のご都合主義が排除されているのが本書の面白いところです。ただし、そうした勝負というのは、両者がフェアに情報の不完全性と偶然性とに身を委ねていればこそ対等の勝負になり得るわけですが、何らかの方法で相手を出し抜いてより正確な情報を入手し、あるいは何らかの方法によって偶然性にアプローチすることができれば、当然ながら圧倒的に優位な立場でゲームに臨むことができます。つまり、広い意味での実力です。そうした駆け引きとイカサマの天才というキャラ付けがされているのが灰谷亜美夏です。この3者の関係は、勝負事において何が大事かというのを考える上でも結構有用だと思います。あと、ギャンブルというのは、程度の差こそあれ金銭を賭けてそれを得ることを目的とするゲームなので、当然ながら資金というのも重要です。資金が豊富にあれば駆け引きの引き出しも増えます。また、確率・統計どおりの結果を得るためには勝負をこなせばこなすほど統計どおりの数字に近づきますが、そうした勝負を続けるためにも資金は必要です。つまり、金持ちほど金を得やすいというのがギャンブルの本質なのですが、そうした世知辛い要素も本書ではきちんと表現されているのも良いです。
 高校生がカードで死闘を演じるというのが本書の建前ですが、実は宇宙人が帰星の手段を得るためにギャンブルで金を稼ぐというトンデモな設定もあったりします。しかし、私はこの設定は嫌いじゃないです。勝負事というのはときに会話以上にお互いの腹を探り合って相互理解につながったりします。また、ギャンブルにおいてハウスルールを決めるのは当たり前ですが基本中の基本で、それにも宇宙人という設定は便利に働きます。そんな徹頭徹尾ギャンブルを描くための設定を用意する一方で、作中での恋愛模様は駆け引きとは程遠い幼稚なものに描いてて、その辺りも周到で面白いです。
 ただ、作中で繰り広げられる勝負のうち、最初に行なわれるインディアン・ポーカー戦がダントツで圧倒的に面白いのは構成的にどうかなと思います。いや、”掴み”という点では成功しているからよいのですが、これと比べると後の勝負は迫力不足なのは否めません。もちろん、最後の勝負の逆転劇はそれなりに感心させられはしましたが……。つまり、最初の勝負が面白すぎるのがいけないのです(笑)。とは言え、全体的なレベルの高さには文句はないので、このレベルを維持するのは大変だと思いますが、もし続きが出るなら”買い”に賭けてもよいです。
【関連】フジモリのプチ書評 『彼女はQ』(このブログで同じ本の書評を二人が書くのは珍しいことですが、将棋指しと根っからのギャンブル好きとではギャンブルに対する見方も自然と違いますから、そういった違いを楽しんでもらえれば幸いです。)