『ミステリクロノ』(久住四季/電撃文庫)

ミステリクロノ (電撃文庫)

ミステリクロノ (電撃文庫)

 本書は、クロノグラフと呼ばれる時間を操る七つの道具を回収するために人の身に堕ちた天使と、その天使に協力する人間によるSFミステリです。
 登場する天使の名前は、阿部真理亜(アベマリア)に三田るちや(サンタルチヤ)という、いかにもな名前です(笑)。じゃあ、人間側の主要人物と思しき3人の名前、遙海慧、穂吹武臣、小布院夕凪には何か意味があるのか考えてみましたが、小布院=棺(coffin)じゃないかと思うくらいでとりあえず意味はなさそうです。しかし、何か気付かれた方がいらっしゃいましたらお教えいただければ幸いです。
 それはさておき、SFミステリとは非科学的な現象がつきものなわけですが、それをミステリとして成立させるためにはその条件、すなわち何が可能で何が不可能なのかを予めはっきりさせておかなくてはなりません。本書も例外ではなくて、七つのクロノグラフの一つである『リザレクター』(生命の時間を戻す道具)とクロノグラフの効果を取り消す効果を持つ道具『リ・トリガー』についてはやはり丁寧に説明されます。時間ミステリというと大抵は時間表などを使ったアリバイものに終始しがちで正直言って退屈です。ですから、SF的なアイデアを導入した時間ミステリだと既存のものにはない謎の提示やアクロバティックな推理を組み立てることも十分可能だと思われますので、どうしても期待値は高くなってしまいます。
 一方で、そうした説明をしつつも、主要人物のキャラ立てやシリーズ通しての伏線も仕込み、さらには本書内で発生して解決される事件まできちんと用意ができているのは、まずは巧みな構成力と言ってよいと思います。ただ、本書において発生する謎・明らかになる真相はそれなりに面白いと思うのですが、にもかかわらずミステリとしてはいまいちな気がしてなりません。というのも、本書では、問題提起も仮説の検証も真相解明も事件の解決も、すべて探偵役である主人公一人で行なっちゃってるのです。従いまして、主人公一人が納得してるだけで他の人物だけでなく読者も置き去りになっちゃって、何となく空回りしてるように思います。次からはもうちょっとワトソン役とかにも出番を与えてやって欲しいです(笑)。
 SFミステリとは上述のように、非科学的な事象の発生条件を明示することでミステリとして成立させている作品のことです。しかし、西澤保彦『人格転移の殺人』(講談社文庫)の解説で森博嗣も言っていますが、科学とはそのように部分的なものではありません。どこかでその限界を考えなくてはなりませんが実は非常に困難です。本書の場合だと、生命とは何か? ということになるのでしょうが、そうしたものは、少なくとも私が知る限りでは現代科学においても厳密には定義できていないはずです。だからこそSFミステリというのは成立し得るものなのでしょうし、もっと言えば、そうした科学では説明し切れていないことでも描くことができるのが小説の可能性ということになるのでしょう。そうした事柄について考えさせられるという意味で、SFミステリはとても有意義なものだと思います。
 シリーズ全体のテーマとしてこれから予想されるのが、天使という存在と対になっている”人間”の意義です。クロノグラフという人のルールの外に立つことのできる道具の存在を知ってしまった遙海慧は人でいられるのか。デスノで言えば、月になるのかそれともLになるのか。そういったところがこれからの見所になるのでしょうが、いずれにしても続きを楽しみにしたいと思います。
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