銀英伝とライトノベル

 銀英伝銀河英雄伝説)関連のキーワード検索でいらっしゃるお客さんが最近微増しているのはなぜだろうと思ったら、ここを発端にこんな感じで盛り上がっていたのですね。個人的には、銀英伝を読んでないSF者はありですが、ラノベ読みにとっては必読書ではないかと思います。ま、未読の名作があればこそ読書が生涯の趣味足りうるわけですけどね。そんなわけで、銀英伝ラノベについて思うところをつらつら書いていきたいと思います。

1.銀英伝が他のラノベ作品に与えた影響

 創元SF文庫版銀英伝3巻の細谷正充の解説では、銀英伝以後のスペースオペラとしていくつかのタイトルが挙げられています。吉岡平宇宙一の無責任男』シリーズ、荻野目悠樹『星書』シリーズ、羅門祐人『星間興亡史』『星間軍龍伝』、森岡浩之星界』シリーズ、鷹見一幸『でたまか』シリーズなどですが、これらについて銀英伝の影響を感じるとされています(もっとも、具体性に乏しいので説得力はイマイチですが)。これらのタイトルのほとんどが一般にライトノベルにカテゴライズされているはずですから、その影響力たるや無視できないものがあるといえるでしょう。
 銀英伝が後のスペースオペラ、というよりもっと広く仮想歴史小説に与えた影響とは何でしょう? いろいろあるでしょうが、(1)歴史というメインストリームを軸にしたキャラクタの立て方、(2)エンターテイメントにおける”政治”の導入、(3)戦闘における戦略と補給の概念の導入、の3つだと思います。なかでも(3)が一番大きいのではないかと個人的には考えてます。有川浩銀英伝を読むのは通過儀礼と述べていますが、銀英伝によって顕在化された戦略という概念は、物語における戦闘の在り方をとても重層的で豊かなものにしてくれました。これは読者にとってはとても幸福なことでした。

2.”歴史”から”ルート”へ

 上述したように、銀英伝に影響を受けたと思しきラノベはいくつもありますが、しかし、率直に言って現在は下火だと言わざるを得ません。
 仮想歴史小説の魅力とは何でしょうか? それは、確固たる世界観を作り上げることが一苦労でしょうが、その作業さえしっかりすれば、あとはそこに何人ものキャラクタを配置して多様な生き様・死に様を描写することができるという点にあると思います。あるひとつの歴史的転換点があるとして、あるキャラはこういう行動をとり、別のキャラは違う行動をとる。それがわずかな差であっても、両者の運命は以後大きく変わることになります。
 ところが最近の主流は、そうして作った世界観に複数のキャラクタを配置するのではなくて、主人公にいくつかのルートを通らせるノベルゲーム的な手法、もしくはタイムトラベルのアイデアに取って代わられてるのではないかと思います。ちなみに戯言ですが、主人公がどのヒロインとくっつくかを楽しむのがエロゲなら、仮想歴史小説は歴史という主人公がどの登場人物とくっつくかを楽しむ小説であるとも言えるのではないでしょうか(乱暴な例えなのは承知の上ですが)。

3.仮想歴史小説の語り手

 銀英伝が仮想歴史小説として傑作たる所以は、登場人物の誰一人として例外なく歴史上の人物として扱われ批評の対象となることです。それは、常勝ラインハルトや不敗のヤンも例外ではありません。そうした批評を作中で行なっているのが”後世の歴史家”です。これは筆者にとっては当然のものたっだのかもしれませんが、とても秀逸なアイデアだと思います。確かに登場人物たちは批評の対象なのですが、それを行なってるのもまた”後世の歴史家”という登場人物に過ぎません。そこで下されている評価はどこまでも相対的なものに過ぎないことになりますし、それは作中で絶対的な正義というものを否定している銀英伝という作品にとてもピッタリの手法です。また、読者と登場人物たちの間を取り持つ意味でも絶妙なバランス・距離感です。そうした意味で銀英伝と対照的な仮想歴史小説に、『A君(17)の戦争』(豪屋大介富士見ファンタジア文庫)と『七姫物語(書評)』(高野和電撃文庫)があります。
 『A君〜』の場合、登場人物たちの行動はやはり批評の対象となっていますが、それを行なっている地の文に作者が露骨に顔を出して、作者の価値観がそのまま投影されてます。現代の事例とかとダイレクトに比較されてその行動の是非・妥当性が厳密にジャッジされています。作者の主張が前面に押し出されてるので、作者の考えと合う人は良いでしょうが、合わない人はまったくダメだと思います。また、ときに登場人物の心情よりもそうした作者の思考の方が強く主張されることもあって、イマイチ物語に感情移入しにくいメタっぽい仕上がりになっているのも好き嫌いの分かれるところだと思います。
 一方『七姫物語』の方は、地の文に登場人物以外の人物の評価が顔を出すことは一切ありません。二巻まではほぼすべて主人公であるカラスミの視点で語られます(三巻以降は他の人物からの描写も増えてきますが、それでも基本はカラスミ視点です)。歴史小説ですからカラスミがいないところでも物語は当然動いているのですが、そうした部分は省略されたり伝聞によってカラスミ(と読者)に伝えられます。仮想歴史小説の醍醐味の一つは大規模な戦闘シーンですが、カラスミはお姫様なので前線になど出たりしません。従いまして、歴史上重要と思われる戦闘シーンであっても、カラスミがいなければ当然カットです。これはこれでとても大胆な手法だと思います。もちろん、それはそれで大局的に何が起きているのかとか分からないところもたくさん出てきて歴史小説としての正体が把握し難いというデメリットはありますが、”世界のかたち”を知ろうとするカラスミの心情と相俟ってとてもしっくりしたものになってると思います。何気に続きを切望しているシリーズの一つです。



 以上、適当に語ってきましたが、異論反論その他何かありましたらお気軽にコメントなりトラバなり下されば幸いです。
 なお、銀英伝と言えば私は道原かつみの漫画版を結構高く評価しています。で、現在はComic リュウで連載されているのですが、これが驚きの展開で(ネタバレ伏字→)何と査問会や要塞対要塞をすっ飛ばして皇帝が誘拐されちゃってるのです!! 立ち読みしてて思わず我が目を疑いました。キングクリムゾンに私の時間を飛ばされたのかと思いましたが、どうやらそうじゃないみたいです。いや、確かに大局的には飛ばしてもいいエピソードかも知れないけど、それじゃいろいろ問題があると思うんですけどね。どうするんでしょ?(←ここまで)普通とは違う意味で続きがとても楽しみです(笑)。
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銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)

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新装版A君(17)の戦争1 まもるべきもの (富士見ファンタジア文庫)

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七姫物語 (電撃文庫)

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