『タイタニック号の殺人』(M・A・コリンズ/扶桑社ミステリー)

タイタニック号の殺人 (扶桑社ミステリー)

タイタニック号の殺人 (扶桑社ミステリー)

 本格ミステリの古典的名作として知られる《思考機械》シリーズの著者として知られるジャック・フットレルタイタニック号に乗船していたこと(参考→Wikipedia)に着目して書かれた歴史ミステリーです。船内で発生する殺人事件は架空のものですが、物語の登場人物はすべて実在の人物をモデルにしているという趣向が凝らされています。タイタニック号沈没の悲劇に興味のある方ならとても楽しく読むことができるのではないでしょうか。私はディカプリオ主演で話題になった映画『タイタニック』すらいまだに観ていないような人間なのでその沈没については無知でして、本書でちょっと勉強できたらいいなぁ、というのもあって読むことにしました。航海に至るいきさつや身分によって船室を分類された船内の様子など、「へぇ〜」と思うことはありましたのでそれなりに有意義ではありました。
 ただ、フットレルが主人公を務める以上、読者としてはどうしたってコテコテの本格ものを期待しちゃうじゃないですか。いや、期待する方が悪いのは分かっていますし、これはこれでそれなりに面白いことは認めます。しかし、正直ガッカリしたことも確かです。それに、タイタニック号沈没という歴史上の事実が作中での物語とあまり関係がないのも、せっかくの題材の扱い方として勿体無いようにもいます。それが難しいということは理解できますし、タイタニック号の沈没が1912年だったことを考えると、その事実はまだ歴史上のものとは微妙になりきれていないと思われるので大胆な創作には向かないのかも知れません。ただ、こうした歴史上の事実という”額縁”を巧みに利用して傑作ミステリを次々と発表している柳広司という作家の存在を念頭に置きますと、本書の出来はどうしても見劣りします。いっそこのネタで柳広司が書いていてくれれば良かったのに(笑)。
 とは言え、フットレルとその妻を始めとする人物は魅力的に描かれていますし、綿密な取材に基づいた作風はとても安定しています。本格チックなのじゃないもっと一般的なミステリが好みという方にはかなり楽しんでもらえるのではないでしょうか。《大惨事》シリーズとして次回作、”The Hindenburg Murders”の刊行も決まっているみたいなので、押さえておいて損のない作家だと思います。
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