震災とミステリ

 震災を題材にしたミステリと言っても寡聞にしてあまり思いつきませんが、三冊ほど。
 真っ先に思い浮かぶのが谺健二の『未明の悪夢』(光文社文庫)です。第八回鮎川哲也賞を受賞した本書ですが、その受賞にあたって「あの出来事をこのような娯楽読物にすることには当然、批判もあるかと思います。しかしわずか二年半でもう風化が叫ばれている今日、読まれた方が今一度、あの出来事について考えを巡らせてくれれば……と思うのです。当地ではあのことは、まだまだ現在進行形の問題で、決して終わっていないのですから」とは著者の「受賞のことば」(本書p444より)ですが、この言葉が震災をテーマにすることの難しさと大切さをそのまま端的に表現していると思います。日頃当たり前のように人を殺しているミステリですが、実際にあった大惨事をテーマにすえることが躊躇われるのは分かります。それだけに、阪神淡路大震災を真正面から扱った本書はその勇気だけでも”買い”です。全三章のうち最初の一章全部が、会話文も人称代名詞も一切ないドキュメンタリーの如く語られます。ドラマ性を極力そぎ落としたこの筆致が、震災後のどうしようもないドラマ性を引き立てます。五千人以上が死んだ街でたった三、四人の生き死にに拘ることの意味。震災からの復興とミステリ的な意味での秩序回復とが重なりあう構成はとても印象的です。ミステリとしてのトリックのアイデアもとても秀逸で(秀逸すぎてちょっと気が引けるところもありますが)、震災という状況を上手く利用したトリックは普通に面白いです。読み応え抜群でオススメです。
 阪神淡路大震災ではありませんが、架空の震災をストーリーに取り入れたミステリに古処誠二の『フラグメント(『少年たちの密室』改題)』(新潮文庫)があります。突然の災害による突発的な密室による殺人と、その密室が今度はそのままクローズド・サークルとなって登場人物たちの精神状態を苛みます。限定的な空間内での物語は大局的な視野を奪う反面、極限状況下での危機感を煽り立てます。傑作と呼ぶにはあまりにカタルシスがないのは、本書が優れた青春小説でもあるからでしょう。
 関東大震災が舞台となってるものもあります。田代裕彦の『平井骸惚此中ニ有リ』シリーズ(富士見ミステリー文庫)の4冊目、『平井骸惚此中ニ有リ 其四』がそれです。なんでも、大正12年を舞台にしたものを書きたくて書いたらそれがシリーズものになっちゃって、逃げるわけには行かなくなったので書いたのが本書なのだそうです。もっとも、著者自身があとがきで述べている通り、本書における関東大震災の扱いは不十分なものです。関東大震災を語る上で欠かせない《デマ》と《虐殺》がスルーされちゃっているからです。その理由ですが、作品のイメージにそぐわない、複雑な問題だけに中途半端な知識で書きたくない、ということで本書では”触れない”という選択肢を選んだとのことです。LOVE寄せの富士見ミステリーですからね(苦笑)。その結果、本書もやはり『フラグメント』と同様に震災全体について語るのではなく、クローズド・サークルという閉鎖状況下での物語となっています。もっとも、こちらは心理的な閉鎖空間というのが大きな違いです。ちなみに、本書のトリックというか仕掛けはなかなかに見事なものです。今回紹介している本の中で、単純にミステリとしての傑作を挙げろと言われれば私は間違いなく本書を選びます。

 てなわけで、震災をテーマにしているミステリというのはあまりないみたいです。少なくとも海外ミステリで震災がテーマのものにはまったく心当たりがありません。地震大国である日本ならではのテーマになり得ると思いますが、それを扱ってる作品はほとんどないようです。理由としては、やはり不謹慎に思われるというのもあるのでしょうが、ミステリというジャンルで震災を語っても、震災そのものを分析したり対策を練ったりといった前向きな物語にするのが無理で無力で迂遠ってのはあると思います。物語として震災をダイレクトに語ろうと思ったら、やはりSFがジャンルとしては最適だと思います。その意味で、小川一水『復活の地』(ハヤカワ文庫)は素直にオススメです。復興から対策まで、SFだからこそ語れることが語られていると思います。読み易いですしね。

未明の悪夢 (光文社文庫)

未明の悪夢 (光文社文庫)

フラグメント (新潮文庫)

フラグメント (新潮文庫)

復活の地 1 (ハヤカワ文庫 JA)

復活の地 1 (ハヤカワ文庫 JA)