『ひとりっ子』(グレッグ・イーガン/ハヤカワ文庫)
- 作者: グレッグイーガン,Greg Egan,山岸真
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2006/12/01
- メディア: 文庫
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『行動原理』『真心』『決断者』は心を見つめるSFです。SFならではの展開でありながらもそんなにSF色は強くないので、SFに馴染みのない方にも安心してオススメできます。
『ルミナス』は、純粋理系SFを読んでいたつもりがいつの間にかクトゥルフ神話になってた(?)みたいな変な話でした(いやいやそんなわけないだろ)。こんな変な話に変換してしまうのは、作中で語られている数学的な話にアイヨシがついていけないからでしょうけどね(涙)。
『ふたりの距離』は、SF的なアイデアが満載の、いかにもSFな物語です。ひとつひとつのアイデアは必ずしも目新しいものではありませんが、それらをこれだけ詰め込んじゃえるのがイーガンのすごいところです。アイヨシが森博嗣の『迷宮百年の睡魔(ネタバレ書評)』で懸念していた問題が、イーガンにかかると”エキストラ”の一言で解決・集約されちゃうんですから、頭がくらくらします。SFってホントに面白いですよね。
で、最後に収録されている『オラクル』と『ひとりっ子』ですが、正直なところ、そこで描かれている問題意識がまったく理解できなかったので意味不明な状態でした。多元宇宙の一体何がそんなに深刻な問題なのでしょう? 多元宇宙といえば、アイヨシなどは『エルリック・サーガ(書評)』を思い浮かべます。その主人公であるエルリックは何に対しても懐疑的で自虐的な考え方をする人物なのですが、そんなエルリックですら多元宇宙の問題についてはそんなに悲観的な考えは持っていなかったと思うのです。てなわけで、問題意識を全然共有できませんでした。
そんなことを思っていましたら、殊能センセイのこんな思いつき(←熟読推奨)を発見しました。
イーガン「ひとりっ子」の登場人物がなぜ多世界解釈で憂鬱になるかというと、彼らが自然科学原理主義者だからだ。
多世界解釈によればあらゆる選択がなされているのだから、よりよい選択を試みることは無意味である。しかし、こうした憂鬱な認識には耐えられない。ゆえに、多世界へと分岐してしまう世界のほうを変えなければならない……。これが「オラクル」のテーマだ。
先ほどのキリスト教の喩えに置きかえれば、「聖書が正しいためには地球は平らでなければならない。ゆえに、地球を平らに変える」というのと同じ発想で、これが原理主義であることは明らかだろう。
したがって、「オラクル」においてキリスト教原理主義と自然科学原理主義の対立が描かれるのも当然である。
なるほど。さすが殊能センセイ。それなら、エルリックや無信神者のアイヨシが問題意識をまったく持てないのも納得です。この殊能説を元に『オラクル』と『ひとりっ子』を再読したら、ストーリーがさくさく頭に入ってきました。新作からすっかり遠ざかっている殊能将之ですが、小説が書けないなら評論集でも出して欲しいと私などは常日頃思っているのですが、何とかならないものでしょうかねぇ(笑)。
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