高松宮記念予想

やってきました春のG1シーズン。引越準備の合間を縫ってばっちり当てにいきますよ。
高松宮記念(G1)3月30日 中京競馬場 芝 1200m
ファイングレイン
スーパーホーネット
ローレルゲレイロ
マイネルシーガル
×スズカフェニックス
電撃6ハロン決戦。本来ならばスズカフェニックスの連覇濃厚かと思われたが枠順が悪いので評価を下げた。
本命はファイングレイン。短距離路線への変更が功を奏し、連勝中。期待値込みで本命に抜擢。
対抗はスーパーホーネット。1200mは初めてだが実績上位のこともあり、一発あってもおかしくない。
おさえに勝ち癖のついたローレルゲレイロ。1200mは微妙かもしれないがこちらも期待値込みで。若さと実績を買ってマイネルシーガルもおさえる。
買い目は前回で味をしめたのでおとなしく5頭の馬連BOXで勝負。
毎年荒れるといわれつつ本命決着のこのレース。ちょっと色気を出しながら人気どころを混ぜて勝負です。連勝なるか、楽しみです。

『鑢』(フィリップ・マクドナルド/創元推理文庫)

鑢―名探偵ゲスリン登場 (創元推理文庫 (171‐2))

鑢―名探偵ゲスリン登場 (創元推理文庫 (171‐2))

 本書邦訳のタイトル(原題:THE RASP)”鑢”は”やすり”と読みます。作中で用いられる凶器のことですが、原題である鑢の英語(RASP)には動詞として”傷つける、いらいらさせる”といった意味もあります。実に意味深なタイトルだと思います。
 本書で発生する殺人事件について重要な証拠とされたのが、凶器である鑢についていた容疑者の指紋です。警察はこの指紋を決定的な証拠として容疑者逮捕に踏み切りますが、その一方、本書の探偵役であるゲスリンはこの指紋について苦悩することになります。

「きょうちょっとばかり動きまわった結果、答えが見つかるどころか、別の問題に突き当たってしまったんです。問題は――あることが紛れもなく本当になされたものなのか、それとも、本当になされたかのように見せかけるためになされたのか、それとも、真実らしからぬように見せかけるためになされたのか? 目下のところ、皆目検討がつかんのですよ」
(本書p137〜138より)

 これはミステリヲタの方であればピンとくるものがあると思うのですが、いわゆる「後期クイーン問題」と呼ばれるものと同じ問題意識に立ったものといえます。後期クイーン問題とは何か? については私には詳しいことは分からないのですが(汗)、法月綸太郎が1995年に発表した『初期クイーン論』(法月綸太郎『複雑な殺人芸術』収録)の中での次のような指摘がそもそもの発端だとされています(多分)。

クイーンの文脈においては、証拠の真偽性の判断が階梯化の契機になっている。しかし、『ギリシア棺の謎』のようなメタ犯人――ここではさしあたって、偽の犯人を指名する偽の証拠を作り出す犯人、と定義しておく――の出現は、「本格推理小説」のスタティックな構造をあやうくするものである。メタ犯人による証拠の偽造を容認するなら、メタ犯人を指名するメタ証拠をメタ・メタ犯人が事件の背後に存在する可能性をも否定できなくなる。これは「作中作」のテクニックと同様、いくらでも拡張しうるが、その結果は単調な同じ手続きのくりかえしにすぎず、ある限度を超えれば、煩わしいだけのものになる。こうしたメタレベルの無限階梯化を切断するためには、別の証拠ないし推論が必要だが、その証拠ないし推論の真偽を同じ系なかで判断することはできない。ということは、この時点で再び「作者」の恣意性が出現し、しかもそれを避ける方法はないのである。
(『複雑な殺人芸術』所収「初期クイーン論」p100より)

 こうした”偽の証拠(手掛かり)”についての問題意識が笠井潔などによって後期クイーン問題という論点として共有されながら様々に発展してきたのだと思います。
 で、本書はこの偽の証拠問題に真っ向から立ち向かった作品だといえます。本書では、探偵が自身の直感や偏見というものを度々自覚しては口にします。それというのも、偽の証拠を前にしたとき探偵自身にはその真偽についての論理・客観的な判断がつきかねることを意識せざるを得ず、その結果、作者の恣意性というものを探偵の口を借りて白状せざるを得なかったのだと考えられます。
 本書は1924年に刊行されているのですが、前年の1923年に発表されているヴァン・ダインの二十則のなかのひとつ、3.不必要なラブロマンスを付け加えて知的な物語の展開を混乱させてはいけない。ミステリーの課題は、あくまで犯人を正義の庭に引き出す事であり、恋に悩む男女を結婚の祭壇に導くことではない。を堂々と破っています。すなわち、探偵であるゲスリンは一人の女性と出会うことによって苦悩しますし、それによって事件について予断(偏見)を持つことにもなります。なぜそのようなことがなされたのかといえば、本書の性質上、探偵役=神という方程式は成り立ち得なかったからだと推察されます。何でもお見通しのはずの神が偏見を持ち真偽の判断に迷うなどあってはならないからです。探偵役を神の座から引きずり下ろすことで人間性を持たせ、かつ、偏見を抱かせるために、作者は探偵に恋愛というテーマを意図的に与えたのだと思います。
 鑢についた指紋というひとつの物的証拠を前提としながら、警察とゲスリンとでは異なる推理と結論を導き出します。果たしてどちらが真実なのか? その決め手は何なのか? それは実際に読んでいただくよりほかありませんが、個人的にはとても興味深い解決方法でした(ありがちですけどね)。
 こうした状況は実際の刑事裁判でも起こる可能性があります。犯行に使われた凶器に容疑者(法律的には被告人)の指紋がついていた場合、検察官は裁判官と裁判員に対して被告人の有罪の決め手として間違いなく主張します。一方、弁護人は、その指紋は被告人を陥れるための偽の証拠だとして論陣を張ったとします。もちろん、ほとんどの場合、凶器に指紋がついていればそれが犯行を示す証拠であることには間違いありません。ですが、そうした”ほとんどの場合”といった推論を目の前で真理されている事件に直接に適用してしまって果たして良いものなのでしょうか。そこにためらいはないでしょうか。その事件の裁判員として判断を迫られることになったら苦悩せずにはいられないと思います。ひとつの証拠から得られる推理は必ずしも一様ではありません。検察官と弁護人の弁論がときにプレゼン合戦の様相を呈し、また、刑事訴訟法において補強法則が採用されているにもかかわらず被告人の自白が重要視される傾向がある背景には、裁判という場においても証拠の真偽を客観的に判断することの困難性がつきまとっているからではないでしょうか。本書で用いられている特筆すべき趣向として、終盤で開陳される推理過程を示した長大な原稿があります。探偵ゲスリンがミステリの中でも異例の丁寧さで真犯人を導き出すに至った論理的な考察を説明しているのですが、これもまた読者に対しての一種のプレゼンだといえるでしょう。
 正直、単純な読み物としての面白さはそれほどでもないと思いますが、ミステリ論的な問題意識を加味しながら読むとグッと味わい深いものになってきます。ミステリを理屈っぽく楽しみたい方にはぜひともオススメしたい一冊です。
【関連】プチ書評 フィリップ・マクドナルド『ライノクス殺人事件』

法月綸太郎ミステリー塾 海外編 複雑な殺人芸術

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『ライノクス殺人事件』(フィリップ・マクドナルド/創元推理文庫)

ライノクス殺人事件 (創元推理文庫)

ライノクス殺人事件 (創元推理文庫)

 本書の趣向は目次を見れば一目瞭然です。すなわち、結末第一部第二部第三部発端とあるように、結末で終わり発端に終わる構成となっているのです。最初の結末(ややこしいですね・笑)では、保険会社になぜか大金が送られてくるところから始まります。いったいどのような経緯でこのような結末を迎えることになるのか。さらなる謎と興味に期待はさらに高まります。
 でもって第一部に入りますと、無限責任会社ライノクスの社長であるF・X・ベネティックとその息子アントニー、共同経営者のリックワースといった経営陣が、半年後に見込まれる大成功を収めるために現在の経営上の大ピンチをいかに凌ぐかといった会社の危機が語られることになります。そもそも、タイトルである”ライノクス殺人事件”ってどういう意味? という疑問の答えがここで判明するのですが、ライノクスというのは会社の名前です。しかし、となると会社なのに殺人事件とはこれいかに? という新たな疑問が生まれることになります(ちなみに、原題は単に Rynox です。厳密にいえば邦題は少々問題だと思います)。このことからして単純な殺人事件でないことは想像がつくのですが、読み進めるとこれまた奇妙な構成が採用されていることが分かります。本書は三人称視点ながらその中心視点となる人物がコロコロと変わる複元描写が用いられていまして、その視点ごとにパラグラフが分けられています。そして、パラグラフとパラグラフの間に作者の解説が入るという珍しい構成となっています。こうした解説は一見するとサスペンス的な興味を持たせながら読者に読み方・読みどころを説明するものとして映りますが、実は意外な真実を隠すためという腹黒い狙いがあったりします。ってか、ちょっとばかしあざといと思いますけどね(笑)。
 もっとも、奇妙な構成を採ったのにはそれだけの理由があります。作中で発生する密室殺人事件。その真相自体を予想するのはそれほど難しいものでもないでしょうし、それを支えるトリックも決して好みではありません。それでいてフェアプレイという観点から問題がないとはいえないので、ミステリとして見たときの点数は辛めになります。
 でも面白いです。ライノクスという法人格の命運をかけた物語。結末から発端までの因果の流れとそれまでの伏線があたかもパズルのピースのごとく明らかとなって全体図が明らかになる過程は紛れもなくミステリです。ま、小説としては実験性ばかりが先に立ってるので問題がないわけではないのですが、しかしながら狙った趣向とそれを実現させるための手法の妙には素直に感服しました。技巧的な変わった小説が好きな方にはオススメの一冊です。
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