『本格ミステリ鑑賞術』(福井健太/東京創元社)

本格ミステリ鑑賞術 (キイ・ライブラリー)

本格ミステリ鑑賞術 (キイ・ライブラリー)

 独自性の強いルールを持ち、アイデアや技術や小道具などを共有資産とする本格ミステリは、先行作の増改築によって発展してきた。本格ミステリの歴史は(文学史であると同時に)構成要素のデータベースでもある。その組み合わせと演出を模索し、多少の新味を加えてみせる――創造性や技量の差はあるにせよ、本格ミステリはそんな作業によって生まれ、それ自身もまたデータベースに還元される。プログラマーがエンジンやライブラリを活用するのと同じことだ。だからこそ本格ミステリの理解に際しては、先行作の知識が強く問われるのである。
(本書p115より)

 本書は、”楽しみ方は自由だという前提を踏まえたうえで、多くのファンが愉悦とともに学習したシステムを「こう読むほうが楽しめる」「これに気付かないのは勿体無い」と整理すること――具体例を伴う技術論として、優れた本格ミステリの技法を抽出し、鑑賞法の基礎を記すこと(本書p5より)”を目的として書かれたものです。
 目次を紹介しますと、「第一部 原則篇」として、「第一章 フェアかアンフェアか」「第二章 伏線の妙味」「第三章 ミスディレクション」。「第二部 鑑賞篇」として、「第一章 犯人特定のロジック」「第二章 動機の問題」「第三章 解決の多層性」「第四章 操りのシステムと罠」「第五章 倒叙という本格」。「第三章 技巧篇」として、「第一章 先行作との関連性」「第二章 幻視の風景」「第三章 不可能犯罪の宿命」「第四章 アクロバットの美学」「第五章 パズルとミステリの間」「第六章 法則性の罠とミッシングリンク」「第七章 真実の苦味と青春ミステリ」。「第四部 発展篇」として、「第一章 異世界の論理」「第二章 超自然への視点」「第三章 叙述トリックの鬼子性」「第四章 メタミステリの開拓性」「第五章 謎の物語」。といった内容となっています。
 目次だけ見ますと、原則論というか抽象論から始まって徐々に具体論へと踏み込んでいくというように見えなくもないですが、実際にはそんなことはありません。目次を読んでまずは気になった論点の項目だけをつまみ食いして読んで楽しむことも十分可能です。というよりも、そうした読み方の方がむしろはかどるでしょう。といいますのも、本書は具体性と一時テキストの汎用性を重視した結果として、様々な本格ミステリの結末を明かしていたり全体的に引用が多かったりと、初心者に優しいのか優しくないのか何とも言い難い内容となっているからです。
 とりあえず、各章の冒頭では、具体的にどの作品の結末が明示されているのか予め断られていますので、そこから先を読み進めるのか否かは読者次第ということになります。ただ、確かにまっさらの状態で作品に接するのが望ましいということはミステリに限らず多くの作品においていえることではあります。しかし、昨今の情報化社会においては、事前の知識や情報がまったくないままにその作品と出会うというのも難しいのが現実ではあります。そうであれば、既存の知識の集積としてのデータベースの存在を認識した上で、それに踊らされるのではなく、道具として積極的に利用して自らの読書の楽しみ方の幅を広めていくのも意義のある試みだといえるでしょう。なんとなれば、「データベースは結論を出さない」のですから。
 序文にも書かれておりますが、本書は鑑賞の手引きとしてはもとより、発想のきっかけを見出すための実用書としてミステリの可能性を模索する要素も多分に含んでいます。ミステリをよりしなやかに楽しむためにオススメしたい一冊です。