まったく、最悪で最高だ。 西尾維新『悲鳴伝』

悲鳴伝 (講談社ノベルス)

悲鳴伝 (講談社ノベルス)

 「西尾維新最長小説」と銘打たれましたノン・シリーズ作品です。
 突如発生した「地球の悲鳴」により世界総人口が3分の2になってしまった人類。
 大惨事の傷跡も癒えようかというさなか、主人公・空々空(そらから・くう)は「ある才能」を見出され、剣道着の少女・剣藤犬个(けんどう・けんか)らとともに、とある戦いに巻き込まれることになる・・・というお話です。
 西尾維新といえば「戯言シリーズ」「物語シリーズ」や漫画『めだかボックス』原作などエンターテイメント色の強い作品を数多く繰り出していますが、その作風も独特です。
 活字をあたかも「絵」のようにあつかう言葉遊び、スピンオフが1冊書けるぐらい個性の強いキャラたちを容赦なくばっさばっさと使い捨てる「皆殺しの芳樹」ならぬ「皆殺しの維新」っぷり、ミステリやバトルなど「ジャンル」そのものを小馬鹿にするようなメタ性など、賛否両論はあるものの「読者を楽しませる」「読者を驚かせる」というエンターテイメント性が、たくさんの読者をひきつけてやまない要素だと思います。
 本作もまた、「読者を驚かせること」に淫した小説です。
 それはすなわち二転三転するストーリーであり、二転三転するジャンルであり、二転三転する登場人物たちの「位置」であり、二転三転する「物語」です。
 驚きを受けたい読者はまっさらな状態で本作を読んでほしいですし、逆にストーリーに言及したからといって本作の面白さが激減するわけではありません。(むしろ興味をもたれる方のほうが多いと思います)
 というわけで本作のストーリーに言及しながら書評を進めたいと思いますので、以下、覚悟のある方のみお進みください。
 本作『悲鳴伝』は、とんでもなく悪趣味で、とんでもなく不謹慎で、そしてとんでもなく面白かったです。
 主人公・空々空は人類のヒーロー、そして地球の「敵」としてとある組織にスカウトされます。
 彼には彼が自覚していない一つの能力があります。そしてそれこそが、人類が「敵」を倒すために必要な能力なのでした。
 序盤は、彼の「能力」について説明するために筆が割かれます。「能力」といってもスタンドとかコスモだとかそーゆー特殊能力ではなく、本当に「ささいな」、それでいて決定的に「異質な」能力です。
 その「能力」を買われ、空々少年は長い戦いに巻き込まれていきます。
 彼の使命は、怪人退治。
 しかし怪人は自らが怪人であるという自覚がなく、特殊なスコープを通してしかその存在がわかりません。また、怪人だからといって特殊な能力もないため、スペック的には一般人とまったく同じ。
 つまりは、怪人退治というより「人殺し」となんら変わりはありません。
 組織からもらったアイテムを活用していかにターゲットを退治するか=人を殺すかと主人公が知恵を絞る場面などは、(良い意味で)悪趣味以外の何者でもないでしょう。正邪逆転の捩くれをこれでもかこれでもかと物語に挟み込んでくるあたりは、「あー、西尾維新も少年誌向け原作ばっか書いてるからフラストレーション溜まってるのかなー」などと思わず勘ぐってしまいました(笑)。
 そんな「逆ミステリ」をかます一方で、組織内の内ゲバに巻き込まれ組織内の同僚に狙われたりします。この場合の相手は「組織から特殊アイテムを授かった一般人」、すなわち限りなく特殊能力を持った能力者に近しい存在です。
 このあたりは西尾維新お得意の能力者バトル。ミステリ小説からバトル小説に早変わりです。
 基本的には主人公・空々空少年を中心とした戦いの物語ですが、「最長小説」というものの非常にあっさりと読めてしまいます。そして読んでいる途中はいろいろ考えさせるものの読了後は気持ちよいぐらい「何も残らない」。まさにエンターテイメント性に特化した作品であり、良い意味でも悪い意味でも「西尾維新らしさ」がでた小説だと思いました。
 「面白かったか」と問われれば「面白かった」と声に出すのは躊躇してしまうほど悪趣味で不謹慎な小説ですが、西尾維新の作風が好きなら読んで損はないと思いますし、読み出したら最後、ページをめくる手が止まらない、そして読んだ人の何割かが読了後に壁に投げてしまうかもしれない賛否両論の一冊だと思います。