『黄金の王 白銀の王』(沢村凛/角川文庫)

黄金の王 白銀の王 (角川文庫)

黄金の王 白銀の王 (角川文庫)

「このままでは翠は滅ぶ。翠のためにも、鳳穐のためにも、旺廈のためにも、争いがこれ以上起こらないようにしなくてはならない。だがそのやり方は、肉に刻まれた〈相手を殺したい〉という欲求をなだめつつ、人々の気持ちに真っ向からはさからわず、それでいていつのまにか、川の流れがかわっているようなものでなければならない」
(本書p87〜88より)

 翠の国において百数十年にわたって繰り広げられている鳳穐と旺廈というふたつの氏族による覇権争い。現在は鳳穐の王が翠を統べ、旺廈の王は囚われの身となっている。そんなある日、鳳穐の王は旺廈の王とふたりきりで対面する。鳳穐と旺廈による永年の対立を乗り越え、翠の未来を守るために。しかしそれはふたりの王にとって最も困難な道であった……というお話です。
 まず、直接的な殺戮場面が描かれているわけではないのにもかかわらず、鳳穐と旺廈というふたつの氏族が互いを憎悪し合う状況を描き出している筆力が素晴らしいです。もっとも、現実の世界においてもふたつの勢力が理屈を抜きにして互いに憎しみ合うという図式は珍しいものでもありません。だからこそ、そうした対立の構図を異世界ファンタジーという架空の物語として構築し直すことには意義があります。そうした世界背景に基づいて、対立から調和へと向かう過程での様々な困難と、それを解決する為の手段とが、一切の容赦や妥協を排して描かれています。
 冒頭で行われる鳳穐の王と旺廈の王のふたりだけによる面会。それは、翠で行われている政治のルールと勝利条件を密やかに変更するものとして極めて重要なものです。たとえれば、これまでは五目並べであったものを、これからは囲碁として勝敗を競うようなものだといえるでしょうか。黒石や白石を盤上の交点に打ち合うのはこれまでと同様でありながら、その手の意味はまったく異なります。五目並べに精通している者ほど、王が打つ手の意味にとまどい強行に異を唱えてきます。そこをいかになだめ、ときには黙らせるかが王の政治的手腕となります。五目並べとしての手もまったく無視できないのが、このゲームの難しいところです。五目並べとしても囲碁としても絶妙の一手が打てれば理想ですが、現実はそう簡単には行きません。ときには醜悪な一手も放たなくてはなりません。理知ではなく感情で手を打ってしまうこともあります。
 そんな打ち手の意味を真に理解できるのは、互いの王のみです。架空の物語世界の中で、さらに濃密なふたりだけの世界が描かれているのが、本書の凄みです。ふたりの王が血湧き肉躍る戦乱によって死力を尽くすのではなく、共栄共存のために共闘しつつも互いに王足らんとする緊張関係は、短絡的に命を賭ける以上の苦悩と苦難と、しかしながらそれに見合うだけの充実感に満ちています。多くの方に強くオススメしたい一冊です。