『連鎖のカルネアデス』(ひびき遊/ファミ通文庫)

連鎖のカルネアデス (ファミ通文庫)

連鎖のカルネアデス (ファミ通文庫)

「生き残れるのは、ただ1人のみ……そういうこと、か」
 まるで『カルネアデスの板』だった。

 難破した船から大勢の人が投げ出され、1人の男が命からがら一枚の板にしがみつく。
 そこに同じ板に掴まろうとした者が、もう1人現れた。
 だが、板は2人が掴まれば、沈んでしまうほとの大きさしかない。
 だから男は、自分が助かるために、後から来た1人を振り払い――見殺しにした。

 そうしなければ生き残れなかった、という昔の学者「カルネアデスの逸話」だったか?

(本書p116より)

「たすけてたかちゃん わたしは このゲームに ころされる」――ゲーム三昧の日々を過ごす高校一年生、早乙女貴志は、死んだはずの幼なじみからのメッセージを発見する。驚愕しつつも不審に思った貴志はメールのタイトルである《パラダイス・オンライン》を検索するが、詳細は何もつかむことができなかった。すると、その夜、《パラダイス・オンライン》から一方的にメールがくる。メールの内容をいぶかしみつつ、貴志は《パラダイス・オンライン》への登録作業を行う。それが13人によるサバイバルゲーム《パラダイス・オンライン》の始まりだった……というお話です。
 ゲームに参加したプレイヤーたちによるデスゲーム、という大枠の設定自体は、今となってはそんなに珍しいものとはいえないでしょう。ただ、参加するプレイヤーそれぞれに、例えば主人公”タカ”の場合には戦略シミュレーション、その他、ハンティングアクション、推理アドベンチャー、RPG、リズムゲーム音ゲー)、TCG、落ち物ゲーム対戦格闘ゲームといったジャンルに見合った特殊能力が付与されているのが大きな特徴です。つまり、ゲーム内にて異種格闘技戦とでもいうべき戦いが行われることになります。もっとも、ジャンルをひと目見れば分かるとおり、直接的な戦いに適したものもあれば、主人公の戦略シミュレーションや推理アドベンチャーのように直接戦闘にはまったく向いてないものもあります。その辺りをどうやって噛み合せるのかについては、とりあえず”殺害予告”などの調整はなされていますが、本書はぶっちゃけあとがきにもあるとおり「触り」に過ぎません。なので、次巻以降での工夫に期待です。基本的には自分の土俵に相手を引きずりこんだほうが勝ち、という戦術よりも戦略がものをいう勝負になるはずですが、そうした展開予想も含めて次巻に持ち越しです。
 「カルネアデスの板」は刑法第37条”緊急避難”の条文を説明する際に用いられます。

(緊急避難)
第三十七条  自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2  前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

 刑法第37条「緊急避難」の条文は、自らの生命を守るために他者の生命を犠牲にすることを肯定しています。まさに「カルネアデスの板」です。ただし、刑法第37条は「やむを得ずにした行為」であること(法律的に言えば補充性の要件)を要求しています(参考:緊急避難 - Wikipedia)。状況を受け入れて板の奪い合うのか? それとも、本当にそれはやむを得ない行為なのか、他になすべき行為はないか模索するのか? 前者であればプレイヤー同士で殺し合うことになりますし、後者であればプレイヤー同士で協力し合うことが求められます。そんな信頼と裏切りの均衡がデスゲームでは大事ですが、本書ではそうそうにプレイヤー同士で協力し合うことの必要性が提言されて、それでも……。というように、そうした均衡と緊張関係が描かれています(あくまで「触り」ですが)。プレイヤー対プレイヤーとしても、プレイヤー対ゲームとしても、本格的な戦いが始まるであろう次巻以降に本作の真価が問われます。