『ダック・コール』(稲見一良/ハヤカワ文庫)

ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)

ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)

 『山賊ダイアリー』(岡本健太郎/イブニングKC)を読んで狩猟というものに少々興味を持ったところに本棚を見たら目に付いたので手に取ってみたのですが、とても面白かったです。
 著者あとがきによれば、本書の構成はブラッドベリ『刺青の男』にヒントを得たものとのことです。川原は浜辺で拾った石ころのありのままの形に鳥のイメージを重ねて画を書く男。そして、その石の鳥に魅了された若者。若者が次々に見る六つの夢が本書の物語です。その夢をつなぐ糸が、石に描かれた鳥です。本書は、プロローグから始まり「第一話 望遠」「第二話 パッセンジャー」「第三話 密猟志願」にモノローグを挿んで「第四話 ホイッパーウィル」「第五話 波の枕」「第六話 デコイとブンタ」にエピローグで終わるという構成になっています。六つのお話はそれぞれ独立したお話ですが、読み進めていくうちにイメージが重なり合うことで奥行きが生じています。著者が意図したとおりの効果です。
 本書には著者の狩猟と鳥についての知識と経験がそこかしこに活かされています。ですが、決して知識先行型のお話ではありません。「第三話 密猟志願」は狩猟度の高いお話なので内容も自然と専門的になりますが、それでも出過ぎることはなく、だからといって適当に描かれているということもなく、絶妙の匙加減で描かれています。
 狩猟というのは獲物を殺す行為なわけで、つまり本書には死が描かれています。ですが、その一方で本書に真に描かれているのは生であり生き方です。

 普段から肉は食べているわけで
 ぼくが知らない所で生き物は死んでいるわけですが
 それを自分の手で行うというのは
 やはり複雑なものがあります

山賊ダイアリー』p22より

 私たちが普段目にして口にしている肉は、まさにどこで死んでいるかわからない生き物です。だからこそ、私たちは生きるためには殺さなくてはならないという「業」を意識せずに生活することができます。狩猟を描くということは、その肉がどこで死んだのか、つまりはどこで生きているのかを描くということです。狩猟が一歩間違えば野蛮な行為になることは、例えば本書「第二話 パッセンジャー」などに描かれているとおりです。とはいえ、狩猟とは人類の歴史においてもっとも初歩的にして根源的な営みです。その行為は生きることに直結しています。狩猟について触れるということは、日頃の生活で希薄になりがちな死生観の回復につながっていると言っても言い過ぎではないでしょう。本書しかり『山賊ダイアリー』しかり。そこに描かれているのは「殺すこと」の楽しさではなく「生きること」の楽しさです。
 とはいえ、本書は単純に狩猟や鳥の話ばかりでもなくて、「第四話 ホイッパーウィル」は脱獄囚を追跡するマンハントのお話ですし、「第五話 波の枕」では鳥が出てくるもののメインは亀だったり、「第六話 デコイとブンタ」はなんとデコイ(鴨をおびき寄せるために作られた木偶)の視点からの語りだったりと、なかなかにバリエーションに富んだ内容と作風になっています。ですが、私はやはり狩猟についてもっとも濃いお話である「第三話 密猟志願」が一番好きです。動く獲物を仕留めるために動的な未来位置に矢弾を送るイメージは「日常のSF」といえます。幻想的な体験は生の実感の中にこそある。そんなことを教えてくれるお話です。総じて印象に残る一冊です。オススメです。
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山賊ダイアリー(1) (イブニングKC)

山賊ダイアリー(1) (イブニングKC)