『サクラダリセット 6』(河野裕/角川スニーカー文庫)

「感情の成り立ちを言葉にしても、その大半は嘘ですよ」
(本書p10より)

 ……愛が……重い! そんなサクラダリセット6巻は、シリーズ完結編の上巻です。
 いや、もとより、記憶を保持できる少年を軸として過去をリセットできる少女と未来視の能力を持つ少女との三角関係という構図のお話でしたから、思いが重いお話ではありました。しかしながら、これは……。
 余談ですが、未来視能力を持ったストーカーってたち悪すぎますね。『未来日記』のヒロインが始末に終えないわけです(苦笑)。
 閑話休題です。いまさらですが、本シリーズは能力者が集う街、咲良田(さくらだ)が舞台の能力を巡るお話です。その能力は、能力者が抱えている矛盾から生まれています。会いたいけど会いたくない。知りたいけど知りたくない。知って欲しいけど知って欲しくない。一見すると強力な能力でも、その根底には弱さがあります。ゆえに、シリーズ序盤がそうでしたが、能力者同士による直接的な戦いを突き詰めると、能力者の内面的な弱さを見つけ出すことが能力攻略の鍵となります。能力バトルの代表作としてジョジョが挙げられますが、その第3部と第4部の違いについて、作者である荒木飛呂彦は次のようなことを述べています。

ジョジョに対して、よくいただく意見に第4部になって『”敵”が弱くなった』というのがある。「答え」は作品の中にあると思って、普通はあまり意見に対し、答えたりしないのであるが、編集部の中からもこういう意見がたまに来るので、しかたなく答えると第4部は「人の心の弱さ」をテーマに描いている。『心の弱い部分』が追いつめられたり、ある方向から見ると『恐ろしさになる』ということをスタンドにしているのだ。
(『ジョジョの奇妙な冒険』第45巻カバー折り返しより)

 つまり、ジョジョで例えるなら本シリーズは第3部ではなく第4部なのです(街を巡る戦い、という意味も含めて)。強いは弱い、弱いは強い、です。だからこそ、自身の弱さを認めた上で能力を行使する能力者はとても強いです。論理の武装を自らの弱さを隠して守るためではなく、相手の弱さを探して攻撃するために使うことができるからです。自らの弱さを誤魔化すことなく、むしろさらけ出しての戦い。それは開き直りとほぼ同義ですが、それゆえに、本作は哲学的な理屈っぽさの戦いにとどまらなくて、生の感情がぶつかり合う泥臭さが伴っています。
 シリーズ完結編上巻である本書では、相麻の協力のもと、いよいよ浦地の計画が本格的に動き出します。これまで打たれていた布石がいっぺんに意味を持ち始めて、それは、物語的には伏線の回収というかたちで読者の前に姿を現します。加えて、ついに明かされる咲良田の秘密と浦地の過去。そして、浦地が抱えている咲良田という場所と能力への思い……。浦地もまた、重すぎる愛を抱えた存在です。同じような背景を持ちながら、いや、だからこそ、ケイと浦地の能力と選択は正反対なものとなっています。それこそが『サクラダリセット』の物語です。
 過去を変えられる力と定められた未来とをいかに収斂させるのか? 能力は正しい力なのか? それとも、間違った力なのか? 単なる能力によるバトルではなく、能力の根幹について、ひいては人間の生き方にまでこだわる哲学的異能バトルの決着やいかに? そして、サブタイ「BOY、GIRL and ‐‐」のあとに続くものは果たして? 傑作の結末を座して待ちたいと思います。
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