モーリス・ドニと荒木飛呂彦と「人間賛歌」

 日曜日の午前9時よりNHK教育(Eテレ)にて放送される「日曜美術館」。10月2日の放送は「命輝く家族の肖像〜モーリス・ドニ〜」というテーマで、ゲストはなんと『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦先生でした。
いのち輝く家族の肖像~モーリス・ドニ~|NHK 日曜美術館
 寡聞にして荒木飛呂彦先生がドニの大ファンだということは知らなかったのですが、ドニという画家と、彼について語る荒木飛呂彦先生が非常に興味深かったので、備忘録がてら荒木先生のコメントをつらつらと書いていこうと思います。



 19世紀末から20世紀前半のフランスで活躍した画家、モーリス・ドニ
 彼の独特な色合いは、荒木飛呂彦先生も影響を受けています。
 『ジョジョの奇妙な冒険』とドニの絵を並べ、その独特な色合いについてトークをかわす司会者と荒木先生。

荒木 普通地面って土色とかグレーとか塗るじゃないですか。でもドニってオレンジとかピンクとか塗るんで、そういうところすごく驚きます。
(中略)
 (自分も)組み合わせるときに、読者へのインパクトとかそういう「場を支配する」っていうんですか、そういう紙面の上を他の作家さんたちに負けないようにっていう気持ちがありますんで。

 荒木先生はドニは子供のころからのファンだと言います。
 子供のころに買ってもらった美術全集にドニの絵があり、その絵を眺めながら

「なんでこんな絵を描くんだろうな」というのが「ネス湖ネッシーがいるのとおんなじぐらい」謎

だと思っていたらしいです。
 モーリス・ドニは敬虔なカトリック教徒であり、前衛芸術グループ「ナビ派」の主要メンバーとして聖書あるいはギリシャローマ神話を主題にした作品を数多く残しています。
 しかし一方で、自分の家族をテーマに選び、絵を描いています。
 モーリス・ドニの孫娘であるクレール・ドニの証言を引用しながら、「家族を描く」ドニという新たな一面について紹介されます。
 ドニは子どもたちの何気ない日常をスケッチし、作品として残しました。しかしながらこうした作品はあまり知られておらず、孫娘のクレールがドニの全作品をリストアップしようと親族の家を調査したところ、家族をテーマとした作品が多数出てきたとのこと。
 これまでのイメージとは異なる、ドニの新たな一面。

荒木 (ドニは)どこに、何の目的で絵を描くかって考えたときに、美術館だとか画集で観たりとかそういったのは意識してなくて、家の壁紙の隣にかけるようなのを意識して描いたんだと思うんですよね。

 ドニの作品「バルコニーの子供たち、ヴェニスにて」。

 夕暮れの光が子どもの服に反射した色を、ピンクで表現しています。
 一見、なんでもない子どもたちの姿。ドニは大胆な色彩でまばゆいばかりの瞬間を描き出しています。
 この色合いについて、荒木先生はこう語ります。

 これは、あの、桜が青空にあるような組み合わせなんですね。水色っていうか、ちょっとグリーンがかった…
 桜と空の組み合わせで『無敵』なんですね。
 すごく困った時にこの組み合わせをやるんですよ。
 ぜったい間違いないんですね、水色とピンクって。
 なんかアイデアが無いときはこれに頼ってるっていう…、ちょっと今、あんまり言っちゃいけない事を(笑)

 桜と水色の組み合わせといえば、ぱっと思いつくのは『ジョジョの奇妙な冒険』54巻の表紙や『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の表紙など。

ジョジョの奇妙な冒険 54 (ジャンプコミックス)

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岸辺露伴 ルーヴルへ行く (愛蔵版コミックス)

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 また、2007年の「土浦桜比べ展覧会」では「黄金の風」というタイトルで水色のバックで桜を生み出すジョルノを描いていました。
【ご参考】荒木先生もやって来たッ!? 『土浦桜比べ展覧会』4/7 フォト・リポート | @JOJO ~ジョジョの奇妙なニュース~
 閑話休題
 ドニが当初画家として活動したときは、日本の浮世絵に影響を受けたり、「絵とは、本質的に、一定の秩序に従い色彩に覆われた平面である」と20世紀の抽象芸術を予言するかのような言葉を残すなど、時代の最先端を行く革新的な描き手として時代の寵児となっていました。しかし、多くの画家たちが時代の最先端を描くなかで、ドニは自身が生涯を賭けて描くテーマについて迷い、捜し求めていました。
 イタリアを旅し、自分を見つめなおしたドニ。そして、「芸術作品とは、趣味や流行からではなく努力や決意、人生の経験そのものから生まれるものではないか」と愛する人や身近な人たちの姿に深い祈りを託そうとしました。
 そして、自分が一生を賭けて描くテーマとして「家族」を選びました。「家族」に、「宗教的なテーマ」を併せ表現しています。
 ところが、「家族」をテーマとした彼の作品は酷評を受け、それまでの高い評価は一変します。
 しかしドニは信念を曲げることなく、その後ますます精力的に家族を描くようになります。家族へのスケッチを続けながら、数々の大作を生み出します。
 そんなドニの創作信念に対し、荒木先生はこう語ります。

荒木 絵を描くときって、収入だとかビジネス的な目的で描く場合もあると思うんですね。だけどそれを続けてると、「むなしい」っていうか、自分の趣味だとか信念だとか、あと、こう、天から降りてくる感覚とか、そういうのを大切にする気持ちはすごくわかります。何かそこに満足感というか、そういうのがあるんですよね。認められなくても、描いてるときにわかるんですよね。なんというか、「しっくりきてる」感じが絵ってあるんですよ。自分の中にはあるんですよ。人になんと言われようと。

 生まれたばかりの長男を亡くしたり、愛する妻が病に伏せ、そして第一次世界大戦がはじまり戦禍の渦に巻き込まれ、戦場へと借り出されたドニ。彼の心を支える存在、「家族」。
 戦場から帰ったドニは、再び、「家族」という存在の大切さと、そして「伝えなければいけないもの」を作品として残していきます。

荒木 ドニは単に家族の肖像画を描いているんじゃないと思うんですよ。家族がそこに存在しているんだよとか、受け継がれていくものがあるんだよ、とか時代を超えて生まれたものがどんどん続いていくんだよとか。

 絵を描くことは「祈り」にも似ている。

荒木 (ドニが「家族」を描くことについて)やっぱり、これが幸せだったんでしょうね、と思います。 

 「人間賛歌」という『ジョジョの奇妙な冒険』に通底するテーマが、頭の中をよぎりました。