心のカサブタをはがす「中二病SFアクション」!? 青木ハヤト『トラウマ量子結晶』

トラウマ量子結晶 (1)

トラウマ量子結晶 (1)

 高校生・時任春人はある日、自分以外の周囲の時間が止まってることに気づく。
 静止した時間の中で出会った美少女・逆崎久音。
 彼女とともに、怪物・コーアクジャルを倒す戦いの日々が始まる・・・

 ・・・と「肝心なところを抜いて」あらすじを書くと真面目なSFアクションに思えますが、そうであるようでそうでない。
 主人公・時任春人は中学時代に中二病をこじらせ、高校生になっても友達がいないダメ人間。
 どれぐらいダメかというと、中学時代に某スペースオペラの読みすぎで

 「お嬢さん」を「フロイライン」と呼んで自爆してしまったりと、あ?あれ?なんで私泣いてるの?
 ・・・失礼。取り乱しました。
 このように読者のトラウマもみごとにエグる主人公のダメっぷり。フジモリと同じように「うわーやめてー」と黒歴史を思い出してゴロゴロ転がる読者続出だと思われます。
 そしてこの「静止した時空」で怪物と戦えるのは、彼と同じようにダメダメな人間たち。

 痛い人だらけです。しかし、作中で明かされますが、「痛い」からこそ、化け物と戦える力を持てるのです。
 「痛い過去」や「中二病」という「負の遺産」は本人にとっては「トラウマ」ですが、「ネタ」として昇華することで別な何かに変えることができます。*1
 個人的な考えですが、「中二病」という思春期の誰しもが通る道を、既知の情報、すなわち「すでに目の前にある落とし穴」として回避するあまり、「無難でなにも残らない」思春期を過ごすよりは、若さを暴走させてあとあと「黒歴史」としてたまに思い出して「わーっ!」とか叫びたくなるイベントをしでかした方が逆説的に「充実する」んじゃないかと思うんですよね。*2
 閑話休題
 『トラウマ量子結晶』は読者の心のかさぶたをペリペリはがす「痛さ」を持つダメ人間たちが、それぞれの特殊能力を駆使し静止した時間の中で怪物と戦うお話です。
 単なるイロモノコメディかと思いきや、『惑星のさみだれ』を思わせる特殊能力者たちが集うSFアクションという基本線もしっかりしています。

 この「SFアクション」という土台に、田中ロミオ『AURA 魔竜院光牙最後の闘い』のような中二病*3、そしてそれに起因するダメ人間という要素を加えることでひと味違う物語になっています。
 1巻は登場人物のお披露目と舞台説明、そして敵の顔出しと、物語が動き出すのは次巻以降だと思いますが、続巻も楽しみにしたくなる一冊です。興味もたれた方はダメージ覚悟でどうぞ(笑)。
【ご参考】
三軒茶屋別館プチ書評 『AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~』(田中ロミオ/ガガガ文庫)

*1:久米田康治『勝手に改蔵』『さよなら絶望先生』はこれですね。『勝手に改蔵』はまさしく「とらうま町」が舞台ですし。

*2:このあたりは「暗黒青春小説」にからめて今後語るかもしれません。「暗黒青春小説」についてはこちらの記事参照。「小説すばる「暗黒青春小説特集」http://d.hatena.ne.jp/sangencyaya/20110214/1297640142

*3:この作品ではどちらかというと「邪気眼」ですが、『トラウマ量子結晶』にも邪気眼キャラは出てきます。