有川浩『県庁おもてなし課』角川書店

県庁おもてなし課

県庁おもてなし課

 当blogではすっかりおなじみ、『図書館戦争』『阪急電車』『シアター!』の有川浩が描く、「県庁」を舞台にした小説です。

 高知県庁に突如生まれた新部署「おもてなし課」。
 観光立県を目指すべく、若手職員の掛水は、振興企画の一環として地元出身の人気作家・吉門に観光特使就任を打診する。
 しかし、吉門は彼らの「お役所仕事」っぷりにことごとくダメ出し。
 掛水とおもてなし課の、地方活性化にかける苦しくも輝かしい日々が始まった・・・

 ・・・というお話です。
 有川浩は『塩の街』『空の中』をはじめ、アニメ化された『図書館戦争』などSF色の強い作品を書く一方で、『阪急電車』『クジラの彼』など現代を舞台にした作品も書いています。
 『県庁おもてなし課』は、『フリーター、家を買う』『シアター!』に続く、「お仕事もの」*1の系統に属します。
 本作は2009年に作者・有川浩の地元である高知をはじめとする地方新聞で掲載され、このたび単行本化した作品です。
 『県庁おもてなし課』の主人公の一人である小説家・吉門もまた、地元高知を盛り上げるために新聞小説を書くなど、作者の実際の経験をうまく作品に活かされていると思います。
 実際、序盤にある、「観光特使を依頼されてから1ヶ月以上も音沙汰なし」というエピソードなどは、本当に作者がくらったそうで、

―― 現在進行中の小説では、県庁の民間感覚のなさをこれでもか、という具合に書いていらっしゃいます。観光特使の依頼の時もそんな感じだったんですか。

有川 かなり立ち回りが遅いというか、世間一般の時間感覚や機微、間合いがわかっていない感じでしたね。吉門と掛水のやりとりとして小説でもそのまま書いていますが、観光特使の依頼があってから1カ月、まったく連絡がありませんでした。
 普通、1カ月も音沙汰がなければ、あの話は流れたのかな、ということになりますよね。ちょうどこの頃、新聞や雑誌の取材が立て込んでいて、観光特使の名刺があれば、だいぶ広報もできたのに(笑)。
 やりとりをしていたのは2年ほど前ですが、正直なところ、おもてなし課さんと話していてイライラした部分はありました。ただ、イライラしつつも、その片方で、「作家として」と言ったらちょっと口幅ったいですけど、このゴタゴタは物語にしたらだいぶ面白くなると思いまして。
日経ビジネスオンラインインタビュー「『県庁おもてなし課』は高知を変えるか?」より

 などとインタビューで語っています。
 『シアター!』でもそうでしたが、「演劇業界」「公務員」などの世界に、いわゆる「サラリーマン」の視点をぶち込んでみることによって生まれる「異化」がこの作者は非常に長けていると思いますし、本作でもその手腕が遺憾なく発揮されています。
 「おもてなし課」という「観光により外貨を獲得しなければならないミッションを受けた公務員」たちが、「民間の目」を持つ小説家・吉門のダメ出しを受けながら、これまでの自身たちが行ってきた「お役所仕事」から、一歩ずつ変わっていきます。
 本作の「サラリーマンの視点」とはすなわち、「顧客満足」ということ。いかに観光客に楽しんでもらえるか?それがすなわち、「観光とは何か?」につながってきます。
 ダメダメな「おもてなし課」が変わっていく姿を見ながら、読者もまた、「観光とは何か」「地域を盛り上げるためには何をするべきか」というテーマについて考えさせられると思います。
 とはいうものの、こういった重いテーマを軽妙な筆致とラブ(恋愛)成分でコーティングするといういつもの有川節は健在。
 今回はちょっと不器用な二つの恋の物語が並行しますが、ラブ分は比較的おさえめで、甘いものが苦手な人もたのしめるかと。
 なお、『県庁おもてなし課』の印税は全て東日本大震災の被災地へ寄付されるそうです。

県庁おもてなし課』は地方を応援したいという気持ちで書いた作品です。
地方応援を謳った物語がここで身銭を切らなきゃ嘘だろう。

それぞれ自分ができることを。
私にできることはこれでした、というだけのお話です。
私がこういう決断をできるのは、今まで応援してくれた読者さんがあってのことです。
有川浩の決断を助けたのは自分だ、と思ってくださればと思います。
県庁おもてなし課』を読むときに、
「この一冊分の印税は被災地に届いてるんだ」
と思っていただければと思います。
そしてこんな状況だからこそ、心置きなく物語を楽しんでいただければと思います。
当面、重版かかったらその分も全部寄付に突っ込みますので、書店さんにおかれましても
「自分が売った分だけ寄付が増えるんだ」と思っていただければと。
作者blog「有川日記」より

 作者の「想い」が詰まった一冊です。幅広くオススメです。
【ご参考】
三軒茶屋別館 プチ書評 有川浩『シアター!』メディアワークス文庫
三軒茶屋別館 プチ書評 有川浩『シアター!2』メディアワークス文庫
三軒茶屋別館 プチ書評 有川浩『阪急電車』幻冬舎

*1:フジモリが勝手に命名