『ぷりるん。―特殊相対性幸福論序説』(十文字青/一迅社文庫)

ぷりるん。~特殊相対性幸福論序説~ (一迅社文庫)

ぷりるん。~特殊相対性幸福論序説~ (一迅社文庫)

 特殊相対性幸福論序説という副題ですが、幸福は相対的なものである、というようにも読めますし、特殊な性と相対することでの幸福論、とも読めます。おそらくどちらに読むのも正しくて、本書はそんなお話です。
 「萌えとは何か?」とか「萌えと性との関係は?」とか、手垢のついた問題ではありますが考え出すと未だになかなか面倒な問題です。
 お兄ちゃん大好きな妹と暮らしている主人公には元・天才美少女の姉がいて、クラスメイトにはみんなのアイドル的存在となぜか「ぷりるん」しか言わない幼馴染みの電波女がいて、部活には美人でクールな部長がいて。そんな妹萌えとか姉萌えとか電波とかクーデレとか、「属性」と呼ばれる記号的要素に特化した女性キャラたちに主人公は囲まれています。通常であれば記号的存在たちと主人公の関係は記号的であるがゆえに割り切りやすくて、だからこそウェットにはならずにドライで引きずらないコメディタッチな物語を紡ぐのに適した人物造形であるということがいえます。ですが、本書は違います。割り切る過程で切り捨ててしまっているもの、本当にお兄ちゃん大好きな妹や姉がいたら問題となるであろうこと、そうしたウェットな部分が描かれています。そういう意味で、本書はアンチミサイル・ミサイルがミサイルであるのと同じ意味でアンチ萌えな萌え作品であるということがいえます。
 一方で、私の中で「記号的」のひと言ではなかなか説明しづらいキャラクタがいます。それがクラスメイトにしてみんなのアイドル的存在である少女・桃川みうです。桃川と主人公は物語早々付き合うことになりますが、彼女の付き合い方というのがなかなか変わっています。主人公と付き合いながら他の男たちとも付き合い、あげく他の男たちとのセックスの様子まで話す彼女に主人公は困惑させられるのですが、読んでるこっちもまた困惑させられます。そんな彼女と主人公との間で交わされる会話はとても印象に残ります。思うに、桃川のそうしたスタンスというのは、ハーレム型のギャルゲーなどにありがちな二股も三股もかける主人公の人間模様を裏返しにしたものではないかと思うのです。だからこそ、二人の間がある関係に収束する過程で行われる会話がこれ以上ない程にシンクロしてくるのだと思います。一見すると主人公の周りにたくさんの女性キャラが登場するハーレム型の物語のようでありながら、桃川の存在によって「ひとりの男」という主人公の特権性があっという間に排され「たくさんの男の中のひとり」というポジションに置かれるのが面白いです。そういう意味で、本書はやはりアンチミサイル・ミサイルと同じ意味でアンチハーレムなハーレム物語であるということがいえます。
 そうしたアンチ性というのは内在的なもので、つまりはとても内向きな思考に基づくものです。巻末のあとがきにて、本書はふと思い立って夢中で書いた小説であるということが述べられていますが、そうした衝動性というのは、そうした内向きな思考が積もりに積もった結果ではないかと思います。本書をはたしてどんな方にオススメしたらよいのか分かりませんが、とにもかくにも興味を持たれた方は是非一読をオススメします。面白かったです。