『アウラ・純な魂 他四篇』(カルロス・フエンテス/岩波文庫)

フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 (岩波文庫)

フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 (岩波文庫)

 メキシコの作家、カルロス・フエンテスの短篇集。収録作は「チャック・モール」「生命線」「最後の恋」「女王人形」「純な魂」「アウラ」です。

 ある日、現実が、頭はあそこ、尻尾はここというように粉々に砕け散ってしまった。僕たちはその巨大な全体の散乱した一部分しか認識することができないのだ。現実とは何ものにも縛られることのない空想上の大洋で、それを巻貝の中に閉じ込めてはじめて現実として認められるようになる。三日前までの僕の現実は以前と少しも変わらず、反射運動と習慣、記憶、書類かばんから成り立っていた。けれどもその後、自らの力を思い出させようとして大地が振動するように、あるいは生きる意味を忘れていた僕にそれを教えようとして死が訪れてくるように、もうひとつの現実が突然目の前に現われた。そこにあって実体もなくふわふわ漂っていることがわかっていた現実が、まぎれもない真の姿を現して、僕たちを震え上がらせるのだ。
(「チャック・モール」p18〜19より)

 ラテンアメリカ文学を読んでるとマジックリアリズムマジックリアリズム - Wikipedia)という単語に行き当たることがしばしばで、その説明を読んでも何のことやらサッパリだったのですが、本作を読んでマジックリアリズムというものが少し分かったような気がします。
 本作との対比で面白いのが「最後の恋」です。こちらは、冒頭の朝起きてから髭を剃って歯を磨くといった一連の動作の写実的描写によって描き出される老いという現実。それはまさにリアリズム(写実主義 - Wikipedia)的手法といえます。両者の対比によってマジックリアリズムを分かりやすく理解することができるという意味で、本書はラテンアメリカ文学の初心者に優しい一冊だといえると思います。
 「純な魂」と「アウラ」の両作品は、二人称小説という観点から比較すると面白いです。「純な魂」は”あなた”、「アウラ」は”君”という主語が多用されているため両作とも二人称小説とも思えるのですが、両作を比較しますと、「純な魂」の場合は”あなた”=兄(フアン・ルイス)で読者の主な感情移入の対象となる主人公は別に妹のクラウディアがいます。それに対して、「アウラ」の場合は”君”=主人公(歴史家)です。”君”という語りかけによって読者を作中の世界観に引きずり込もうとすると同時に読者に外なるメタな視点を意識させるという哀切さと不遜さを伴う語りと試み。それが二人称小説だと思います。
 両者を比較しますと、君=主人公として主人公が感じていることについて読者も共感を強いられる「アウラ」は、二人称小説だといえると考えます。一方で、「純な魂」の”あなた”は登場人物の一人に過ぎないため二人称小説とはいえませんが、主人公である妹と兄の関係が”わたしとあなた”という特別な関係性として強調されることで上質のブラコン小説に仕上がっています。ちなみに、「アウラ」は溝口健二監督の映画『雨月物語』(上田秋成雨月物語』内「浅茅が宿」「蛇性の婬」原作)を見て衝撃を受けたフエンテスが『雨月物語』の訳本を読んで得たイメージをもとに書いた作品とのことです(本書巻末の訳者解説参照)。なので、日本人には読みやすい作品かもしれないと思ったりです。
 他の2作品も面白いです。「生命線」はメキシコ革命の兵士の悲しい運命を謳った傑作。「女王人形」は少年時代の淡い恋心という主題に幾多の仕掛けが施されています。総じてクオリティの高い短篇集といえます。オススメです。
【関連】二人称小説一覧表 - 三軒茶屋 別館