『サクラダリセット 3』(河野裕/角川スニーカー文庫)

老人 そうさ。人間即機械――人間もまた非人格的な機関にすぎん。人間が何かってことは、すべてそのつくりと、そしてまた、遺伝性、生息地、交際関係等々、その上に齎される外的力の結果なんだな。つまり、外的諸力によって動かされ、導かれ、そして強制的に左右されるわけだよ――完全にね。みずから創り出すものなんて、なんにもない。考えること一つにしてからだな。
『人間とは何か』(マーク・トウェイン岩波文庫)p13より

 『サクラダリセット』3巻は過去編です。”未来視”の能力を持つ相麻菫と、”記憶保持”の能力を持つ浅井ケイと、”リセット”の能力を持つ春埼美空の三人の出会いの物語です。

「私たちの中に、アンドロイドがいると仮定しましょう」
「アンドロイド?」
「ええ。人に似せて作られた、人工的な誰か。それはまるで人間そっくり。手を握っても、キスをしても、血液を調べても、人工物とはわからない。他者への共感の度合いを測定して、ようやくそれが人間とは別物なのだと測定できる。何か、そういう小説があったわよね?」
(本書p68より)

 アンドロイドと人間を分かつものは何かという相麻菫の問題提起。当時のケイには分からなくても、”未来視”という相麻菫の能力の存在をすでに知っている読者と未来のケイには、相馬菫が何を思ってそんな問いかけをしたのかは自明です。自らが視る未来のままにしか生きることのできない相馬菫にとって、自由意思の有無は切実な問題です。
 でもそれは何も作り話の中だけに限られた問題ではありません。そもそも私たちに自由意思があるのか。自らの意思で決断した人生を歩むことができるのか。特に進路の決定を迫られる中学や高校といった思春期の頃の少年少女にとって、それは身につまされるテーマのはずで、つまり特別な問題ではありません。そんな深刻なテーマでも、そのときは会話のとりあえずのきっかけ、つまりはマクガフィンに過ぎなくて、でもそれが後になってみるととても大事なものだったことに気づく……。というのはいかにも青春でしょう。
 特殊能力ものではありますが正面きってのバトルが行なわれるわけでもなく頭でっかちで淡々とした会話を軸に物語は進められて、でもそんな距離感が読んでて妙に心地いいです。言い換えれば、中二病との間合いの計り方が絶妙ともいえます。

「好きだという感情は、複雑かな?」
 相麻は首を振る。
「私は、シンプルだと思う。とてもとても、シンプルなものだと思う」
(本書88より)

 そんなシンプルな思いをあえて複雑に語ってみたいときがあって、あるいは複雑に考えたいときがあって、そういうとき読むのに本シリーズはとても面白いんじゃないかと思います。
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『サクラダリセット 5』(河野裕/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
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人間とは何か (岩波文庫)

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