『とある飛空士への恋歌 4』(犬村小六/ガガガ文庫)

とある飛空士への恋歌 4 (ガガガ文庫)

とある飛空士への恋歌 4 (ガガガ文庫)

犬村 リアリティとファンタジーの加減が最も難しいです。あまりリアルにやりすぎると、一部のマニアの人にとっては頷けるものにはなるのですが一般の読者にはなにが面白いのか全くわからない。かといってファンタジーが行き過ぎると物語の足元がぐらついてしまう。これに関してはいまだに試行錯誤がつづいていて、最適なバランスの取り方を探している感じです。
(『活字倶楽部』2010年6月号所収「犬村小六 MAIL INTERVIEW」p50より)

 リアリティとは何か?となるとなかなか難しい問題をはらんでいますが、本シリーズについていえば、航空力学とかミリタリー的要素という理解でよいかと思います。そうしたリアリティとファンタジーのバランスという観点にはどうしても着目せずにはいられません。
 前巻で個人的に強い違和感を抱いたシズカの戦闘力については、本書で瞬間的なものに過ぎないというかなりの制限があることが明らかとされました。また、本書で描かれる空戦では、前の空戦で生き残り再び戦うことを選んだ学生、ノリアキ‐ベンジャミン組とカルエル‐イグナシオ組の活躍がメインとなります。その中でも特にノリアキ‐ベンジャミン組の描写に割かれる文量はかなりのものです。ノリアキ‐ベンジャミン組は観測機(観測機 - Wikipedia)の直掩(直掩機 - Wikipedia)任務を与えられますが、観測機が撃墜されてからはノリアキ‐ベンジャミン組がその任を引き継ぎます。そこから先の描写は手に汗握るものです。敵戦闘機を撃墜するという瞬間的な戦いではなく、敵戦艦の眼前で敵の情報を収集してその情報を味方の戦艦に送り続けるという、いつ終わるともいつ撃墜とも知れない恐怖と緊張感と絶えず戦いながら戦況を正確に把握し続けるという過酷な任務。二人は心身ともに消耗しながらも観測を続けます。
 観測機としての活躍が濃密に描かれることによって空戦に迫真性が生まれていますし、徐々に追い込まれる危機的状況というものも否応なく伝わってきます。と同時に、このあと起こるファンタジーにも対抗できるだけの物語の基盤を作り上げることにもつながっています*1。ファンタジーに対抗するだけのリアリティを構築するためにはこれだけの文量による描写が必要なのだなぁ、と本書を読んでそんなことを思いました。
 戦況だけでなく人間ドラマも一気に動きました(というより、戦況と人間ドラマとを巧みに結び付けているプロットの妙に感心させられました)。イグナシオの身の上も明らかになり、ただ一人戦場から退避させられたクレア=ニナの心には葛藤が生じ、そしてついに物語の当初から予測されていた事態を迎えます。でもそれは、他者の介入や不測の出来事によるものではなく、ニナ自身の意志によって迎えた展開です。本シリーズは王道といわれる展開を迂回せずに立ち向かいます。そうしたストーリーに意外性がないのかといえば、全然そんなことはありません。そうした困難をいかに迎えて乗り越えるのかという登場人物の苦悩と決断は読み応え十分です*2。それでいて、イスラの行く末は予断を許しません。押さえるべきところは確実に押さえながらも予想がつかないストーリーは憎たらしいまでに読者の期待と不安をかきたてます。
 仲間たちの死と過去と復讐心と更なる困難を乗り越えて、果たして二人は未来への物語を紡ぐことができるのか。そして、イスラの運命は? 続きがとても待ち遠しいです*3
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『とある飛空士への恋歌 5』(犬村小六/ガガガ文庫) - 三軒茶屋 別館
『とある飛空士への夜想曲』(犬村小六/ガガガ文庫) - 三軒茶屋 別館

活字倶楽部 2010年 06月号 [雑誌]

活字倶楽部 2010年 06月号 [雑誌]

*1:カルエルの覚醒もどちらかといえばファンタジーに属する現象でしょう。

*2:作中のあるセリフを読んで『天空の城ラピュタ』の次は『もののけ姫』か、と思ったのは内緒です(笑)。

*3:表紙カバー折り返しの著者の言葉によれば、次の5巻で完結するとのことです。