『ソロモンの犬』(道尾秀介/文春文庫)
- 作者: 道尾秀介
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2010/03/01
- メディア: 文庫
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「ソロモンはダビデの一人息子でね、父親のあとを継いで古代イスラエルの王になった人なんだけど――旧約聖書にこんなことが書かれているんだ。『ソロモン王は魔法の指輪を嵌めて、獣や鳥や魚と語った』」
「その王様、動物と会話ができたんですか?」
「そう、できたんだ。欲しいよね、そんな指輪」
(本書p144より)
道尾秀介はインタビューなどで「手段としてのミステリ」ということを常々語っています。例えば、
道尾:「手段」として使っているのが、きっとミステリ的な手法なんでしょうね。読み手の頭の中に直接感情を書き込む方法をとろうとすると、例えば「叙述トリック」と呼ばれる書き方になったりする。でもそれは決して「目的」ではありません。
(作家の読書道:第78回 道尾秀介さん | WEB本の雑誌より)
というように。確かに、ミステリ的な手法によって描かれた動機をはじめとする真相や心情は、衝撃や驚きと同時にとても印象的なものとして読者の心に残ります。道尾秀介はそうした効果を巧みに利用している作家であるといえます。
とかいいながらも、道尾秀介の作品はミステリとしてもとても読ませる作品に仕上がっていることが多いです。だからこそミステリ読みからも支持されているわけですが、本書の場合にはミステリ的な手法は完全に「手段」として用いられているのみです。サスペンス的な効果はあるかもしれませんが、伏線の妙や論理の構築といった推理の面白さはイマイチです。ある意味、作者の目論見どおりの作品に仕上がっているといえるでしょう。
本書巻末の解説でも述べられていますが、本書は青春の謳歌を描いた「青春ミステリ」です。ミステリの手法によって描かれる友人や恋人の意外な一面や、若さゆえの過ち、青春の苦悩や喜び。そういったものがミステリの手法によってインパクトのあるものとして描かれています。
幼い友人・陽介の飼い犬に引きずられての事故。しかし、その死は本当に事故なのか?動物と話すことができる「ソロモンの指輪」があれば……というストーリーの裏にあるのは、動物よりむしろ人間同士におけるコミュニケーションの難しさです。好きな女の子と親しくなるために「話しかける言葉メモ」を作成したりするウブで痛いところのある静は、そんな本作の主人公としてまさに適役だといえます。
道尾秀介は校正で「本書を読み返すたびに泣いちゃうんです」といったそうで*1、正直それはどうかと思うので感動作としてはオススメできませんが、青春ミステリとしてはそれなりにオススメできる一品です。