有川浩『シアター!』メディアワークス文庫

シアター! (メディアワークス文庫)

シアター! (メディアワークス文庫)

新創刊された「メディアワークス文庫」による有川浩の新刊です。
有川浩といえば『塩の街』『空の中』『海の底』の自衛隊3部作、『図書館戦争』シリーズなどSF小説を主に書いていましたが、最近は『三匹のおっさん』『フリーター、家を買う。』『県庁おもてなし課』など、日常を舞台とした物語も多く著しています。
作者自らは自身の作品を「大人ライトノベル」と称し、「ライトノベル読者の受け先」を意識した小説を書いていますが、舞台が日常に移ってもそのコンセプトはしっかりと残っている物語構造かと思います。
本作、『シアター!』も、とある劇団を舞台にしたある種の「青春小説」にカテゴライズできるかと思うのですが、ここでも有川浩ならではの面白い素材の調理方法が見受けられます。

小劇団「シアターフラッグ」―ファンも多いが、解散の危機が迫っていた…
そう、お金がないのだ!!
その負債額なんと300万円!
悩んだ主宰の春川巧は兄の司に泣きつく。
司は巧にお金を貸す代わりに「2年間で劇団の収益からこの300万を返せ。できない場合は劇団を潰せ」と厳しい条件を出した。
星プロ声優・羽田千歳が加わり一癖も二癖もある劇団員は十名に。そして鉄血宰相・春川司も迎え入れ、新たな「シアターフラッグ」は旗揚げされるのだが…。
Amazonあらすじより)

冒頭で、主人公その1である・春川巧の劇団「シアターフラッグ」は300万の借金を背負います。
債権者である兄・春川司は、「2年でこの借金を返せ。ただし劇団の利益のみで」という非常にシビアな、それでいてまっとうな条件を突きつけます。
「劇団」を「自己満足としてのサークル活動」としてではなく、「利益が出る組織」にするためにどうすればよいか、という物語の軸は、現実的でありながらも考えさせられる内容です。
劇団のみならず、音楽(バンドでもクラシックでも)、美術などの文化活動は、個々人の趣味によるものが多く、「それだけで生活をしていく」どころか「お金を貰う」ことすら難しい場合が多いです。
個々人に課せられたチケットノルマをすべて捌いて会場代とトントン、あるいは打ち上げでプラマイゼロ、というのはフジモリも昔よくありましたが(笑)、趣味で活動する分には問題ない範囲だと思います。
しかしながら、そういった活動で「安定した利益を出す」ためには?
「シアターフラッグ」の債権者であり優秀なサラリーマンである主人公その2・春川司は、モノローグでこう言います。

プロパーに評価される商品が悪いというわけではない。それは業界で確かに必要なものだろう。しかし、それとは別に新しい客を連れてくる商品を冷遇するような業界は、決して社会のメインストリームにはなれない。分かりやすいものを軽視する風潮には、商業的に成立するために不可欠な一般客への侮蔑がある。(P191)

こいつらが黒字を出せないならそれは演劇という世界に構造的な欠陥があるのだ。(P194)

部外者であり、また「サラリーマン」であるからこそ気付く「違和感」。「趣味だから」と赤字をよしとする巧たちには「痛い」一言であり、また心当たりのある読者にとっても胸に突き刺さる台詞です。
とはいうものの基本的には個性豊かな劇団員たちが団結したり喧嘩したりしながら「黒字を出す」ために努力していくド根性青春物語です。兄はツンデレブラコン完璧超人で、弟はヘタレ末っ子キャラという、これまたわかりやすくも面白い組み合わせ。
小気味良い会話と次々と起こるイベントによるテンションで一気に読者を読み進める勢いは他の有川作品に共通するものがあります。
作者はあとがきでこう語っています。

どのような分野であれ、アマチュアの段階から商業を意識しはじめた瞬間の集団に立ち会えるのは非常にレアなことだと思います。(P326)

有川浩作品は一貫して「プロフェッショナル」に対する尊敬の視線を持ちながら紡がれています。
今作『シアター!』もまた、夢を追いながらも地に足着いた(着けようとしている)「集団」を丹念に描いています。
素材そのものも面白いですが、面白い素材を面白く調理する有川浩のエッセンスが存分に詰まった作品だと思います。万人にオススメできる一冊です。