『君のための物語』(水鏡稀人/電撃文庫)

君のための物語 (電撃文庫)

君のための物語 (電撃文庫)

 奇妙。
 そして、
 親愛。
 彼について語ろうとする時、程度の差はあれ常にこの二つの要素と無縁ではいられない。時に交じり合い、時にせめぎ合う。そして、これらは本人を前にしたとなれば、より一層、顕著になる。
 このような奇妙な感覚を呼び起こす彼は、何の前触れもなく、衝撃的で、どこか滑稽で、そして、哀しみを孕んだ鮮烈さと共に私の前にやって来たのだった。
(本書p14より)

 何ともつかみどころのないお話なので説明に困ってしまいます(苦笑)。つかみどころがない、ということは、つまりはそれだけ不思議で奇妙な魅力を持った作品だということなのですが、反面、分かりやすい面白さに欠けるハッキリしない作品だ、ということでもあります。あとがきの作者の言葉を借りれば、「性格の悪い物好きと尊大な変わり者の物語」ということになりますが、その辺りが妥当な表現でしょう。そんな小説家を志望する主人公の”私”と不思議な青年レーイのお話です。
 お話につかみどころがない一因として、主要人物の一人であるレーイが何者なのか不明なのがあります。物語の最初の方では、取り引きによってその人間の願いを叶える悪魔のような存在として描かれています。悪魔が何故人間の願いを叶えるのか。魂と引き換えに、というのがお決まりのパターンではありますが、本書の場合では単純にそうとも言い切れなくて、やはりつかみどころがありません。タイトルからして、物語を書いて欲しくて願いを叶えているのかも?と適当なことを思いついてのですが、しかしながら、の悪魔にとってあながち的外れな目的でもないような気がしています(笑)。
 ところが、物語が進むにつれて、悪魔とは違った側面が見え始めてきます。率直に言ってしまえば、美形版”フランケンシュタインの怪物”と比較せずにはいられませんでした。”フランケンシュタインの怪物”にとって醜悪な外見自体が強烈なコンプレックスでしたから、それを備えていないレーイの苦悩を”フランケンシュタインの怪物”のそれと照応させるのは筋違いかもしれません。ただ、”フランケンシュタインの怪物”がミルトンの『失楽園』に感動したように、レーイも何が物語を求めたくて、そんな想いが結実されたのが本書のタイトルということになります。
 まず死。そして生。上澄みだけを掬い取った物語のための物語。それだけに、細部には納得のいかない点がいくつか散見されますが、抽象的なお話の流れとしては、そこはかとなく共感できるものがあります。傑作、などと力を込めた言葉で紹介はできませんが、でも、こんなお話がたまにはあってもよいと思います。
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