『中空』(鳥飼否宇/角川文庫)

中空 (角川文庫)

中空 (角川文庫)

「竹の本質は中空であることじゃ」
(本書p72より)

 第21回横溝正史ミステリ大賞受賞作にして著者のデビュー作、さらに鳶山と猫田のコンビが活躍するシリーズの第一作に当たります。
 何十年かに一度に開花するという竹の花の撮影のために大隈半島の南端に近い竹茂村を訪れた写真家の猫田と、自然観察者の鳶山。そこは老荘思想を規範として暮らす閉鎖的な村だった。そこで起きる連続殺人事件。警察の捜査すらも拒む閉鎖された村の異質な人間関係。果たして犯人は?そして動機はいったい?……といったお話です。
 タイトルにもなっている『中空』とは、一義的には竹の構造のことを指すのでしょうが、そのほかにも、『荘子』において説かれている”無用の用”にも通じ、さらには机上の空論にも通じます。竹の花と老荘思想本格ミステリを結び付ける発想とその手腕は確かに巧みです。
 それらを結び付けている空洞。それは死です。

「されば再び問う、死の意味はなんぞ?」
「生を生であらしめるための装置じゃなかかのう。死はあくまで未知、じゃっでわしは死を怖れる。死を怖れるゆえに、より幸福に生きようとする。そげん意味での装置じゃ。メグどんはどう思うのじゃ?」
(本書p79〜80より)

 閉鎖的な山村での奇妙な論理。無用の用。無意味の意味。死の意味を如何に捉えるかによって真相も二転三転します。「元々老荘哲学の逆説的な論理に興味があって、それが価値基準となった世界で物語が進行すれば面白いんじゃないか、なんていうアイデアが浮かんだものですから」とは巻末の解説で紹介されている著者の言葉ですが、後に『痙攣的 モンド氏の逆説』『逆説的―十三人の申し分なき重罪人』などといった作品を発表していることからも、その発想への愛着とこだわりを窺い知ることができます。
 本書はシリーズものでもありますが、主要人物にも特徴があります。語り手にしてワトソン役である植物写真家の猫田はおっちょこちょいなところがある行動派で、本書においても酒を飲みすぎて泥酔して肝心な場面を目撃しないなど、信頼できない語り手、というよりも、役に立たない語り手、としての地位を確立させています(笑)。さらに探偵役である鳶山も一癖も二癖もある人物で、こちらは信用できない探偵です。ってか、真相のカタルシスに若干の問題を生じさせているのではないかと思うくらい、地味に酷い探偵だったりします(笑)。
 もっとも、事件自体も悪趣味で後味の悪いものではありますし、ミステリだからいいとしてもやはり閉鎖された村の作り方が安易なのは否めなかったりと、すっきり爽快とはお世辞にもいえないお話ではあります(苦笑)。それでも、逆説的な論理の妙といった面白さはあります。鳥飼ミステリのルーツとしても読んでおいて損のない一冊だと思います。
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