『幽霊の2/3』(ヘレン・マクロイ/創元推理文庫)

幽霊の2/3 (創元推理文庫)

幽霊の2/3 (創元推理文庫)

 東京創元社〈文庫創刊50周年記念復刊リクエスト〉第1位作品に選ばれて、めでたく新訳で復刊されました。
 出版社社長の邸宅で開かれたパーティーで、人気作家エイモス・コットルが余興のゲーム”幽霊の2/3”の最中、何者かによって毒殺されてしまう。接待客の一人で精神科医であるベイジル博士が関係者から事情を聴くと、やがて驚くべき事情が明らかとなってくる。エイモス・コットルとはいったい何者なのか? 事件の真相は? そして、彼を殺した犯人は……? といったお話です。
 ”幽霊の2/3”とは、一義的には作中でも行なわれているゲームのことを指します。

「親になった者が各プレイヤーに順番にクイズを出題する。それに答えられなければ、一回目は幽霊の三分の一、二回目は幽霊の三分の二になる。三回答えられないと、幽霊の三分の三、つまり完全な幽霊になる。要するに死ぬわけで――ゲームから脱落する。最後まで生き残った者が勝者となり、次の親になる」
(本書p98より)

これが”幽霊の2/3”です。ですが、本書のタイトルはさらに意味深なものです。それは本書を既にお読みになった方であれば深く同意していただけるものと思います。単に印象的なだけでなく内実を伴ったタイトルなのです。
 本書は、出版業界の内実を描いた業界小説でもあります。出版社の社長、エージェント(作家の代理人)、文芸批評家、読者、作家の妻。こうした人物が事件の関係者であり容疑者となっています。
 故人の作品について、一方でそれを激賞する書評が掲載されて、他方でそれを酷評する書評が掲載されます。出版に際して出版社やエージェントによって内容が一部削除されたり題名を変えられたりして、そしたらそれらを図らずも評論家に指摘されて非難されたりします。また、新人作家と、出版社とエージェントの間の力関係といった契約事情についても具体的な金額のパーセンテージを出して語っています。そうした業界ネタの数々が単なるメタなジョークではなく、伏線としても機能しているのが本書の凄みです。
 捜査が進むにつれて、事件の被害者である作家エイモス・コットルの過去の一切が不明であることが明らかとなります。エイモス・コットルとはいったい何者なのか?その謎は、ひいては作家とは何者なのか? というところにまで通じています。『ミステリーの書き方』(アメリカ探偵作家クラブ講談社文庫)に、マクロイは「削除――外科医それとも肉屋?」という論稿を寄せています。その中に以下のような記述があります。

 まず最初に削るべきものは物語の出だしの部分である。ほとんどのアマチュア作家は、物語は最初から始めるものではなく、中間から始めなければならないということを理解していない。幕が上がる前に、既に多くのことが起こっていなければならないのだ。
(『ミステリーの書き方』所収ヘレン・マクロイ「削除――外科医それとも肉屋」p214より)

 本書は、そうしたマクロイのポリシーが忠実に表現されています。エイモスの死は物語の始まりではありません。では始まりはいったい何時なのか?そこではいったい何が起きていたのか? 緻密でありながら圧倒的な構成力によって語られる驚愕の真相には間違いなく一読の価値があります。多くの方にオススメしたい逸品です。

ミステリーの書き方 (講談社文庫)

ミステリーの書き方 (講談社文庫)