『毒蛇の園』(ジャック・カーリイ/文春文庫)

毒蛇の園 (文春文庫)

毒蛇の園 (文春文庫)

『毒蛇の園』のアイデアのひとつは、「欠陥がある」ために家名の恥になると見なされた家族の一員を、初めからいなかったかのように世間から隠そうとしたアメリカの名門政治家の一族から来ている。もうひとつは、だんびらを振り回すように金を使う連中を見てきたからだ。
(本書解説p472で引用されている著者のコメント)

 モビール市警版「二人だけの特命係」((c)法月綸太郎)とでもいうべきカーソン・ライダー・シリーズ3作目です。
 上述のように、本書は極めて世俗的なアイデアを元に描かれています。そのため、『百番目の男』や『デス・コレクターズ』といった既存のシリーズ作と比べると、隠された動機や真相という点において衝撃や意外性に乏しいのは否めません。ですが、テクニカルな構成によってそれをカバーしています。
 本書では、通常の僕=カーソンの一人称視点の語りの間に、”ルーカス”という謎に人物の視点が挟まっています。サイコ・サスペンスにおいて犯人と思しき人物の視点が挿話されていること自体はさして珍しい手法ではありません。その人物の正体こそが物語を牽引するサスペンスになるからです。ですが、本書の場合にはその構成に一捻り加えられることによって、真相に意外性が生み出されています。また、「彼は夢を与えるのに片手を使い、奪うのにもう片方の手を使う」という相殺、もしくは二面性というメインプロットでのキーワードが、サブプロットである警官同士の人間関係においても巧みに活用されているのも見事です。
 法月綸太郎が解説において本書をサイコ・サスペンスと本格ミステリのハイブリッド化(本書p470より)と評している所以でもあります。ただし、法月綸太郎のような悩み多きミステリ作家にとっては本書は極めて共感できる内容なのかもしれませんが、単なる一読者としては少々疑問です。いや、確かにシリーズ自体は面白いとは思いますけれど、特に本書について、そこまで褒めるのは褒めすぎじゃね?という印象を拭い去ることができないからです。というのも、真相の平凡さに比して構成が複雑すぎるため、結果としてバランスを欠いているように思うからです。それに、本書の後出しジャンケン的な情報の出し方は、少なくともフーダニットやハウダニットの謎解きものとしてはフェアなものだとは到底いえないでしょう。合理的なのはあくまでもプロットです。その意味で、本格ミステリ的側面を過度に強調されるのには違和感を覚えずにいられません。
 とはいえ、シリーズ既読者としては十分満足できる内容です。解説にもあるとおり、”家族”というテーマがシリーズが進むにつれて徐々に全面に押し出されてきています。また、登場人物の人間関係の変化も見逃せません。続きが楽しみなシリーズです。
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