『エンジェル家の殺人』(ロジャー・スカーレット/創元推理文庫)

エンジェル家の殺人 (創元推理文庫)

エンジェル家の殺人 (創元推理文庫)


絶版本を投票で復刊!

 黄金期に書かれた本格ミステリの古典です。本作を読んだ江戸川乱歩は激賞して、ついには本作の翻案とでもいうべき長編『三角館の恐怖』を書いた、というエピソードでご存知の方も多いかと思われます。
 エンジェル家の双子の兄弟。その父が50年前に残した遺言。それは、双子は父の信託基金から一定の収入を得ることができるが、どちらかが死んだとき、残りの全財産は生き残った方のものになる、というものでした。これでは、先に死んだ側の家族はたまりません。そして、双子の兄・ダライアスは心臓を病み余命幾ばくもない状態にあります。自らの家族の窮地を悟ったダライアスは、弟キャロラスと交渉するべく弁護士を招きます。それが悲劇の始まりでした……。
 エンジェル家の2つの家族は、ひとつの建物に住んでいます。しかしながら、その建物が変わっています。正方形の敷地に建てられているL字形の建物ですが、その内部は対角線を引いたように二分されています。本格ミステリにおける”館もの”といえば、奇妙な殺人方法を実現するために奇妙な造りの館が登場する作品を指します。浅学ゆえに断定などできませんが、そうした”館もの”のルーツを探る上で、本書はとても重要な作品だといえるのではないかと思います。
 もっとも、奇妙な館ではありますが、その奇妙さは遺言によって二分にされてしまった一族の悲劇(あるいは喜劇)を象徴するものに過ぎなくて、実際の殺人においてはあまり有効に機能しているとは言い難いのが残念といえば残念ではあります。また、本書では2つの殺人が発生しますが、2つ目の殺人はともかく、1つ目の殺人の方法は正直いって首を傾げたくなります。つーか、それはないだろ(笑)。
 2つ目の殺人はエレベータ内の殺人ですが、『有栖川有栖の密室大図鑑』(有栖川有栖・磯田和一/新潮文庫)でも紹介されていますからご存知の方もいらっしゃるかもしれません。生きてエレベータに乗ったはずの人間が、下の階に到着したときには死んでいたという密室トリックは、少々手品じみていて複雑ではありますが、殺人方法としては非常に評価できるものだと思います。
 とはいえ、本書において一番注目すべきなのは、やはり遺言に絡んだ動機とそのプロットでしょう。古典であるがゆえに、ともすれば古びたものとして受け取られてしまうのかもしれませんが、私としてはとても楽しく読むことができました。犯人をおびき出すためには周囲の人間を騙すことをも厭わない探偵役の手法と錯綜したプロットは読者を困惑させますが、だからこそ、動機のシンプルさが映えます。江戸川乱歩の評価は褒めすぎじゃないか、というのが一般的な評価でしょうし、乱歩自身も後にそれを認めてはいます。だとしても、それなりの面白さがあることは間違いないといえるでしょう。
有栖川有栖の密室大図鑑 (新潮文庫)

有栖川有栖の密室大図鑑 (新潮文庫)