『ルパンの消息』(横山秀夫/光文社文庫)

ルパンの消息 (光文社文庫)

ルパンの消息 (光文社文庫)

 本書は、第9回サントリーミステリー大賞において佳作を受賞したままお蔵入りになっていたものが2005年にノベルスで刊行されて、それがさらに文庫化されたものです。つまり、横山秀夫の処女作にして作家としての原点である作品ということになります。
 巻末の改稿後記にて作者自身も認めているとおり、確かに本書には粗っぽいところがあります。本書は、殺人事件の15年の時効成立*1前日にタレ込まれた情報を元に捜査が始まるタイムリミット・サスペンスです。時間が切迫する中で関係者から自白を取らなければならない警察の緊迫した様子と組織の底力というものは確かに伝わってはくるのですが、しかしながら、わざわざ事件前日にタレ込む必然性がありません。それに、この程度のとても証拠とはいえない情報で一般人が連行されるようなことはあってはならないでしょう。なので、そもそもの発端からしてかなりのご都合主義が働いています。また、最後の方で語られる社会派的な述懐の内容自体は横山秀夫らしいといえばらしいのですが、その語られ方が少々わざとらしいのも微笑ましいです。
 そうした粗というものは作家として本格的にデビューしてからの横山作品では見られないものなので、本書が若書きであるということつくづく実感させられるものではありますが、それだけに作者のファンにとっては感慨とでもいうべき味わいがあろうかと思います。それでいて、組織として事件に当たる警察の組織としての役割と、その中で苦悩しつつも誇りを持って事件を捜査する個人としての警察官の心理が活き活きと描かれている点は、いかにも横山秀夫らしい警察小説だといえますし、そんな”らしさ”が処女作からして既に発揮されているのが嬉しいです。
 過去に行なわれたテストの答案窃盗計画「ルパン作戦」の実行者である喜多・竜見・橘の主に3人を通して語られる当時の高校生たちの日常からは、そこはかとなくノスタルジーが感じられます。そうした感傷的な雰囲気も他の横山作品にはあまり見られないものです。そんな青春小説としての面白さで読者を引っ張りつつも、「三億円事件」という一大事件と「女性教師の墜落死」という時効成立間近の事件についての秘密が次々に暴かれていくという展開には、確かに読者にページをめくる手を休ませないだけの熱っぽさがあります。また、周到に張り巡らされている伏線の妙には若書きと呼ぶには似つかわしくない程の構成力がありますし、その中には交錯する幾人もの登場人物の思いがぎっしりと詰め込まれています。
 いろいろと難点があることは否定できないので、これから横山秀夫の作品を読もうという方にはオススメはできかねますが(笑)、すでに横山作品を何冊か読んでいるという方であれば損はない一冊です。

*1:ちなみに、2005年の刑事訴訟法の改正によって、現在では殺人事件の時効は25年となっていますので参考まで。