『とある飛空士への恋歌』(犬村小六/ガガガ文庫)

とある飛空士への恋歌 (ガガガ文庫)

とある飛空士への恋歌 (ガガガ文庫)

 飛空士シリーズ第2弾は、舞台設定自体は前作と同じくした、新たな飛空士たちによる恋と空戦の物語です。Amazonの作者メッセージによれば、本作のイメージは”天空翔るロミオとジュリエット”とのことで、まさしくその通りのベタなお話ではありますが、言い換えれば王道というべき読み応えのある物語ということでもあります。
 王道という意味では前作もまた同様ではありますが、ケレン味のない真っ直ぐな物語は確かに十分な面白さを持っています。しかし、それにしても何故これほどまでの話題作になっているのでしょうか。理由のひとつとして、本シリーズが持っている”宮崎アニメ”らしさがあると思います。
 ライトノベルと宮崎アニメは意外に重ならない存在であることが指摘されることがあります。例えば、新城カズマの『ライトノベル「超」入門』においては、

 意外なことに、現代の日本アニメに対して決定的な影響のある宮崎駿の作品群は、ライトノベルにあまり影響を与えていません。少なくともイラストというレベルにおいては。
 彼の諸作品は、いわゆる「おたく文化」に多大な影響を与えてきましたが、なぜかライトノベル方面ではその痕跡がほとんど見あたらないのです。
(中略)
 かろうじて、ひとつの仮説として、
「宮崎アニメはむしろ”ジュブナイル”や”ヤングアダルト”という言葉によってあらわされる物語群に近いのではないか」
 というのをひねり出せる程度です。
 作品自体がそうであるというよりは、世間の「宮崎アニメを読解する視線」が、そっちのほうにロックインされてしまっている。そんな印象があるわけですね。
(『ライトノベル「超」入門』p117〜118より)

というようなことがいわれています。また、『小説新潮』2008年9月号「特集 日本のファンタジーはすごい!」所収の大森望「ファンタジーノベルの二十年」では、日本ファンタジー黎明期(日本ファンタジーノベル大賞誕生前)について、

 日本におけるファンタジーは、RPG/ライトノベル系と、宮崎アニメ/児童文学を両輪に発展していく。
(『小説新潮』2008年9月号所収大森望「ファンタジーノベルの二十年」p268より)

と、ライトノベルと宮崎アニメは異なる系列に属するものとして理解されています。
 宮崎アニメとライトノベルの関係について、そうした理解が正しいものであるとするならば、飛空士シリーズは稀有なライトノベルであるということがいえます。前作『とある飛空士の追憶』について、作者は次のように述べています。

この話を書くにあたって意識したことは「『ローマの休日』 」+「『天空の城ラピュタ』 」です。
ふたつの映画を観たあとの、あのなんともいえない切なさと爽やかさを読後に得られるよう、いろいろと工夫しつつ書いてみたのですが、気に入っていただけることを祈っています。
Amazon.co.jpメッセージ:『とある飛空士への追憶』より)

 このように宮崎アニメを意識して書かれたために、王道であるにもかかわらずライトノベルとしては珍しいものとなり、結果として大勢の読者に受け入れられる物語になった、ということではないかと思います。
 そして、本作にもそうした雰囲気はそのまま継承されています*1。もっとも、本書は新たなシリーズの一冊目に過ぎません。フランス革命を彷彿とさせる騒乱の果てに父と母を失った皇子。地位を失い名を変えて、庶民として空を飛ぶことを生き甲斐としてきた彼に与えられた追放劇。空飛ぶ島・イスラに乗って世界の果てを目指すイスラ計画。そこで用意されていた皮肉な出会い。
 『ロミオとジュリエット』をモチーフとしながらも、二人が出会う場所がご都合主義的なものではなく、政治的な計算による産物として説得力のある舞台が用意されているのが面白いです。海尽き空果てる旅の目的地はあまりにも遥か彼方で、その旅路を歩みだしたばかりの若き飛空士はマザコンヘタレナルシストで(笑)、冒険物語としても成長物語としても前途は多難です。
 この先にいったいどんな冒険が待ち受けていて、少年はどのように成長していくのか。そして、どのような恋歌が歌われることになるのでしょうか。続きを楽しみに待ちたいと思います。
【関連】
『とある飛空士への追憶』(犬村小六/ガガガ文庫) - 三軒茶屋 別館
『とある飛空士への恋歌 2』(犬村小六/ガガガ文庫) - 三軒茶屋 別館
『とある飛空士への恋歌 3』(犬村小六/ガガガ文庫) - 三軒茶屋 別館
『とある飛空士への恋歌 4』(犬村小六/ガガガ文庫) - 三軒茶屋 別館
『とある飛空士への恋歌 5』(犬村小六/ガガガ文庫) - 三軒茶屋 別館
『とある飛空士への夜想曲』(犬村小六/ガガガ文庫) - 三軒茶屋 別館

小説新潮 2008年 09月号 [雑誌]

小説新潮 2008年 09月号 [雑誌]

*1:ただし、本作の場合には超飛空要塞(p216)などという表現もあるように、『超時空要塞マクロス』の影響もかなり感じられますが(笑)。