『無貌伝 ~双児の子ら~』(望月守宮/講談社ノベルス)

無貌伝 ~双児の子ら~ (講談社ノベルス)

無貌伝 ~双児の子ら~ (講談社ノベルス)

 第40回メフィスト賞受賞作品。
 ヒトデナシという不可思議な怪異が存在する世界での探偵物語。ヒトデナシとは不思議な力を持った妖怪のようなものです。卵と呼ばれる未分化状態で世に現れ、外界の影響を受けて変化して固有の力を身に付けていきます。例えば、絵画と猫の影響を受ければ絵画と猫のヒトデナシというように。そんなヒトデナシの中にあって特に恐れられているヒトデナシ。それが人のヒトデナシである怪盗・無貌です。
 無貌は人のヒトデナシであるために人と同等の知能を有し、他者の顔を奪い自分のものにしてしまう能力を持っています。その能力ゆえに、今までに無貌を捕らえることに成功した者は誰もいません。人の倫理観に縛られない自由な存在にして怪盗。三探偵の一人として知られる名探偵・秋津もまた無貌によって顔を奪われ無為の日々を過ごしていました。そんな彼の元を訪れた孤高の少年・望。秋津は望を臨時の探偵助手として無貌からの犯罪予告に対処することになります。それが惨劇の幕開けであることも知らずに……。というようなお話です。
 ヒトデナシという非現実的な設定。また、無貌によって顔を奪われてしまった人物=無貌被害者*1は、従来の知人からその存在を認識されなくなってしまいます。そんなヒトデナシと無貌被害者の特殊な設定を頭に入れておかないと事件を解決することはできません。つまりはアシモフがいうところのSFミステリということになりますが、ヒトデナシという怪異は大まかな設定では何でもありな存在だけに、真相を導き出すためのルールを見い出すのもまた困難です。なので推理の面白さは正直あまり堪能できません。
 ただ、かつての名探偵であった秋津と、臨時助手をすることになった望との間で交わされる名探偵の意義・探偵であること・探偵行為をするに際して心掛けねばならないこと・覚悟しなければならないこと、といった探偵論は、秋津と望の間の微妙な緊張関係も合い間ってなかなか面白いものがあります*2
 秋津と望は探偵と助手ではありますが、その関係は一般的なそれとはかなり異なります。後期クイーン問題の一派生である”操り”の論点を、本書はかなり変則的な形で取り込んでいます。これはなかなかに面白い試みです。
 ミステリにおいて探偵とは特権的な立場の存在であるとされています。その特権性に極めて自覚的な本書は、秋津と望にもその特権性が持つ危うさや報われなさというものを二人に背負わせ語らせます。そうすることで、探偵というものの存在意義を問い直そうとしています。それが望という少年が抱えている孤独と結び付くことで、一人の少年の成長物語としても読み解くことができるのが本書独特の面白さだといえるでしょう。
 ヒトデナシとか無貌とか無貌被害者とかトンデモ設定が幅を利かせている割に、物語はどこか懐古的です。それは、無貌という怪盗対名探偵という古式ゆかしき構図も一因だと思います。また、これは私の想像ですが、おそらくは横溝正史の『犬神家の一族』をかなり意識して本書は描かれているのではないかと思われます。そんな懐かしい背景に今時の非現実的な設定がそれなりに上手く組み込まれています。
 いかにもメフィスト賞らしいミステリとして好事家にオススメする分には良心が痛まない一冊です。

*1:探偵である秋津がまさにそうですが。

*2:ただし、それのみを堪能するには少々ページが多すぎますが。