森見登美彦『四畳半神話大系』角川文庫

四畳半神話大系 (角川文庫)

四畳半神話大系 (角川文庫)

 小説が書かれ読まれるのは、人生がただ一度であることへの抗議からだと思います*1といいますが、”もしも何々が何々だったら”というテーマで語られるホワット・イフの世界というのは、そうした抗議が物語として端的に形となっているものだといえます。

 ・・・のっけから他人の書評のコピペですみません(笑)。
 本作は、『太陽の塔』で第15回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した森見登美彦の2作目にあたる小説です。

  大学三回生の春までの二年間を思い返してみて、実益のあることなど何一つしていないことを断言しておこう。異性との健全な交際、学問への精進、肉体の鍛錬など、社会的有為の人材となるための布石をことごとく外し、異性からの孤立、学問の放棄、肉体の衰弱化などの打たんでも良い布石を狙い澄まして打ちまくってきたのは、なにゆえであるか。
 責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。(p5)

 物語は、京大3回生の「私」が、これまで過ごしてきた唾棄すべきボンクラな日常と、唾棄すべき腐れ縁の悪友と、何のロマンスもない現状を大いに後悔するところから始まります。
 「私」は、「もし、入学時のサークル選択で違った選択をしていれば、今とは違った現在になってただろうな・・・」と妄想します。
 面白いことに、この作品、4話の連作中篇なのですが全て同じ書き出しでスタートします。ご丁寧にも、入学当時の4つの異なるサークルを選択した、という前提で。アドベンチャーゲーム風に言うと、「どの選択肢を選んでも同じ現状」という身も蓋も無い状況なわけです。伊坂幸太郎『砂漠』の女人率の多さを目の当たりにした後でこの本を読むと、「絶望した!」と叫びたくなること受けあいです(笑)。
 文体は『太陽の塔』と同じく、独特のレトロかつ妄想たっぷりの言い回しで、文章だけでも楽しむことができます。さらに、お笑い用語で言う「天丼」のように、ところどころ挟まる「どの話でも登場する文章やイベント(コピペ文、とでも言いましょうか)」が更なる面白さを誘います。
 そうやってこれまでのダメダメな生活を後悔しながらも、「4つのif」の主人公である「私」はダメダメな日常を謳歌していきます。一話では「けっ、恋愛なんて」という感情と後輩への思いに悩まされ、二話では悪友とたくさんの悪戯を重ね、三話では香織さん(ラブドール)とのプラトニックな(笑)同居生活を送ります。物語の舞台は『太陽の塔』と同じく京都大学近辺ですが、作者も学生時代この場所で過ごしたとのことで*2、虚実入り混じった世界観も胡乱とした物語にマッチしています。
 どんな選択肢を選んでもダメダメな日常を送る、まさにダメ人間版『時をかける少女*3』とも言えるこの小説。主人公の愛すべきダメダメっぷりを様々なシチュエーションで楽しめます。最終話では若干毛色が変わり、前の3話を包括するかのようなメタな話になりますが、そのご都合主義的な伏線回収も含め、「小さな物語の連鎖による大きな物語」としてよくできている作品だな、と思います。伊坂幸太郎『砂漠』と同じく大学時代のモラトリアムを書いた作品ですが、フジモリ的にはこっちの『四畳半神話大系』に、より強いシンパシーを感じてしまいました。
伊坂幸太郎が書く麻雀小説『砂漠』 - 三軒茶屋 別館
戻ってくれない過去がある。〜「時をかける少女」と「サークルもの」〜 - 三軒茶屋 別館

*1:北村薫『空飛ぶ馬』単行本版より

*2:実際、「猫ラーメン」もあったそうです。(2005年京都SFフェスティバルでの講演より)

*3:アニメ映画版